8.Vシネマから飛び出してきた?、の話(後半)
「静かにしろっつってんだろ、ケージ!」
ガミさんのしわがれた声が店内に響いた。氷を張った摩周湖のように、店内の空気が張りつめる。突然、ガミさんが立ちあがり、店長と向き合った。
タダクニは思わず唾を飲んだ。ごくりという音が聞こえそうなほど、店内は静まり緊張が走っている。
「うるさくして、申し訳なかった」
静かにそう言うと、軽く頭を下げた。
「ガミさん……?」
うるせぇ! ガミさんは小声で一喝して、それ以上金髪に何も言わせなかった。
「迷惑かけたな。すまない。行くぞ、ケージ」
レジのほうへ歩きだした。
あ、はい。と金髪も後に続いた。
テーブルを離れる際、金髪はタダクニと千明、それから店長を交互に睨みつけて、口パクで何か言い残していった。よっぽど気が短いらしい。
何だかよくわからんけど、助かった……。
タダクニは、ふう、と肩の力が抜けて、ぼんやりと二人の背中を見送った。
あっち系の方というのは、上にいくほど人間ができている、ということを聞いたことがある。
ガミさんはまさにその典型のようだ。
一般人に迷惑はかけない。ましてやケンカなどふっかけるわけもない。
レジへ向かうガミさんの背中は弥勒菩薩のように輝いて見えた。
願いは通じたのだ。
閻魔様ではなかったけれど、代わりに弥勒菩薩様に助けられた。
あぁ弥勒菩薩様、このご恩は一生忘れません。
どういうお力を持った仏様かは存じませんが、これからは信心深く弥勒菩薩様へ祈りを捧げます。
南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏の違いも知らないこんな愚か者を助けてくださって、深く感謝いたします。
南無妙法蓮華経南無阿弥陀仏、弥勒様……。
と、レジを済ませた弥勒菩薩が、「あ、そうか……」何かを思い出したのか突然立ち止まり、こちらを振り向いて、
「ケージ。あの二人も連れてこい」
タダクニ達を顎でさした。
なんで?
金髪がニヤニヤしながら戻ってくる。
嘘でしょ。
感謝したじゃん、たった今。
金髪、こっちに戻ってきてるじゃん。
願いは通じたんじゃなかったのかよ。
何とか言ってよ、弥勒さん!
「そういうわけだから、ちょっと来い」
「いや、ホント、勘弁してください」
「いいから、来い」
「謝ってるじゃないですか」
タダクニはもう一度頭を下げた。
「うるせぇ。ガタガタ言ってんじゃねえよ」
「いや、でも……」
「いいから、早くしろ」
ダメだ。何を言っても、聞いてくれない。弥勒もへったくれもあったもんじゃねえ。
誰か……。
タダクニは助けを求めるように周りを見た。
その刹那、全身に寒気が走った。
店内中の目が「とっとと出ていけ」と言っていたのだ。
これはもう出ていかないと、場が収まらない。
「じゃあ。せめてぼく一人だけで」
「ダメだ。二人だ。二人で来い」
「ケージ。早くしろ」
ガミさんが声をかけてくる。
あなたはもう弥勒菩薩でも何でもない。ただのスキンヘッドヤクザのガミさんだ。
「俺が困んだよ。おら、来い」
ケージは強引に二人を引きずり出そうと、タダクニと千明の服を掴んだ。
「わかりました! 行きます! 行きますから彼女には手を出さないでください」
それができる精一杯の抵抗だった。
タダクニは千明に「隙をみて、なんとか千明だけでも逃がすから」と目で合図してテーブルを立った。




