8.Vシネマから飛び出してきた?、の話(前半)
怒鳴り声はすぐ隣のテーブルからだった。
タダクニは声のしたほうへゆっくりと顔を向けると、そこにいたのはVシネマから飛びだしてきたようなヤクザ風の二人組だった。
そのうちの一人がこちらを睨み倒している。
金髪にした坊主頭で年齢はおそらく二十代半ば。
もう一人はスキンヘッドで、下を向いたままだ。怒りで肩が震えているようにも見える。
二人とも趣味の悪いギャングのような黒スーツに身を包んでいる。
どうやらこの二人に千明のぶちまけたアジシオが掛かったみたいだ。
状況を把握したタダクニは、この場から消えたくなった。
もしこの場からワープできるのなら、今なら地獄でもどこでもいい。
ああ、閻魔様。
今すぐわたくしめを地獄へお連れください。
そんなタダクニの願いもむなしく金髪は立ちあがると、ズイと身体を押しだして、
「お前らに言っとんじゃ、ゴラァ」
凄んできた。
タダクニは咄嗟に立ちあがって、「すみません!」頭を深々と下げた。
千明は目の前で固まっている。
「お前も謝れ!」小声で言って、固まる彼女の肩に手をかけ、無理矢理頭を下げさせた。
ヤナギさんも見えやしないのに一緒に頭を下げる。
「じゃかあしいわ。何じゃ、こりゃあ……しょっぱっ! 塩か、これ。舐め腐っだらねえぞ」
金髪は服についたアジシオをひと舐めして唾を吐き捨てた。
「すみません。興奮しちゃって。落ち着かせますから……」
「だいたいお前ら、さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃうるさいんじゃ。お前らの痴話ゲンカなんか聞きたないんじゃ、ぼけが!」
「静かにします……」
タダクニは苦虫を噛むように口をゆがめた。
「客はお前らだけじゃねえんだ。他人の迷惑考えろ、カスが!」
「黙れ、ケージ」
座っているスキンヘッドが静かに言った。この金髪の名前はケージらしい。
「でも、ガミさん、こいつら……」
「黙れっつってんじゃ。何度も言わすな、その口、縫うぞ」
ガミさんと呼ばれるヤクザが、金髪をギロリと睨んだ。
淡々とした口調だが目が据わっている。
騒ぎ立てるより、よっぽど怖い。金髪も黙った。
金髪だけじゃない。
気がつくとさっきまでざわついていた店内は、水を打ったように静まり返っている。
有線放送のピアノだけで演奏されるJ‐POPが間抜けな調子で流れているだけだ。
店内はみんな自分達に注目していた。
その時、店の奥のほうから店員がこっちに向かってくるのが見えた。
エプロンを付けた中年の店員だ。
風体からして店長だろうか。
足取りはこちらに向いているが、目が泳いでいて、対応したくない、と顔に書いてある。
店長はおどおどしながら、
「おおお、お客さま、少しお声を落としていただけると……」
「何だ、じじぃ! 俺らが悪いってのか? 悪いのはこっちだろうが」
金髪がタダクニ達を指さした。店長が肩を縮こませる。
「あの。悪いとかではないんですけど……」
「俺らはこいつらがうるさいから注意しとったんじゃ! それに、これ、見てみい。塩ぶっかけられて、それでも黙ってろ言うんかい!?」
「ああ……でしたらお店の外でお願いしたいんですが……。ここは他のお客さまもおりますし……」
店長が媚びるような目つきをする。
なんちゅうこと言うんだ、この店長。
店の外で勝手にやってくれだと。
店内だからまだ手を出してこないけど、外に行ったら、何されるかわかったもんじゃない。
「何だ、邪魔だから出てけって言いたいのか? ああ?」
「静かにしろっつってんだろ、ケージ!」
ガミさんのしわがれた声が店内に響いた。
氷を張った摩周湖のように、店内の空気が張りつめる。
突然、ガミさんが立ちあがり、店長と向き合った。
タダクニは思わず唾を飲んだ。
ごくりという音が聞こえそうなほど、店内は静まり、緊張が走っていた。




