7.私が地獄へ送ってやる!、の話
タダクニは思わずため息を漏らした。
成仏失敗、地獄行き、それに加えて別れ話。
あともうひとつ何か起きたら、悲運のカルテットができあがる。
千明の別れ話は、勢いもあるだろうし丸々本気というわけじゃないだろうけど、それでもちゃんとフォローはしないとマズいだろう。
そうでなくとも最近、ぎくしゃくしてたのに。
でも今、優先しなきゃいけないのは成仏のほうだ。
計画が崩れた今、千明の言う通り、もう他に方法なんてないような気もする。
まずお寺に戻ることができない。
あんな風に逃げてきたんだ。現実的に戻るのはムリだ。
大事な供養の場に悪霊を連れこんだ二人組が、住職の除霊の申し出を断り、場を荒らして消えていった。
あの二人は一体誰なんだ、と話題になっただろうが、オレ達を知っている者は誰もいない。
ヤナギ母が唯一面識があることはあるが、大した話をしたわけじゃない。
結局、故人との関係性はよくわからない。
オレ達のことは、香典泥棒に失敗した二人組、とかそんなんで落ち着くだろう。
ただでさえ浮世離れした話だってのに、これじゃあヤナギ父に会っても、ますますまともに取り合ってもらえなくなった。
このままじゃヤナギさんは成仏できずに地獄行きか、浮遊霊としてずっと居続けるか。
あるいは代わりに、オレ達が地獄に落ちるか。
やっぱり除霊してもらったほうが……と脳裏にかすめたタダクニだったが、ヤナギさんを一瞥して頭を横に振った。
まいった。何も浮かばん。
ふう……。
また、ため息が漏れた。
「――談志の『芝浜』はいいよ。神がかってる」
「ああ。すごいってのは聞いたことあるけど……」
ふいに会話が耳に入ってきて、タダクニは何の気なしにそちらに目をやった。
大学生らしき二人組。
彼らは店員に連れられ、タダクニ達より奥のテーブルへ案内されていった。
落語?
あの歳で落語の話題なんて渋いというより、中身おっさんだな。タダクニは胸のうちで呟いた。
タダクニも落語を少し知っていた。千明の影響だ。
あれは二人が知り合ってまだ日の浅い頃。
たしか喫茶店で休んでいる時のことだ。
どういう流れでそうなったのか覚えてないが、ストリーミングのプレイリストを見せあったことがあった。
どっちのほうがメドゥーサの曲がたくさん並んでいるかを張りあうとか、たぶんそんなところだ。
その時に千明のプレイリストに落語が入っているのを発見したのだ。
千明は少し恥ずかしそうにしていたのを覚えてる。
ロックと落語。なんとも釣り合わない趣味に感じたが、そのギャップがかえって千明の好感度を上げた。
それ以降、千明のスマホで落語を二十席ほど聴いた。
サゲを聴いても意味がわからなかったり、聴いてる途中で寝ちゃったりする退屈な噺もあったが、中には面白いのもあるな、と思った。
落語は噺家次第だ。
それが二十席程度でタダクニが出した評価だった。
そういえば、一度、寄席に行こうぜ、なんて千明と話してた時期もあったっけ。
懐かしいな。
タダクニは思い出し笑いで頬が緩むのを感じて、すぐに眉根を寄せて真剣な顔を作った。
今、ニヤニヤしていたら、千明に何言われるかわかったもんじゃない。
軽く咳払いもつけてみた。
その刹那、何かが頭に引っかかった。
懐かしい?
それだ――。
「千明。あの喫茶店に行ってみよう」
千明は無反応だが、タダクニは構わず続けた。
「行きのバスの中で見たログハウスみたいなヤツ。あそこに行ってみよう」
千明は外を見たまま反応しない。
「おい、千明」
タダクニが少し声を荒げると、やっと面倒くさそうに顔を向けた。
「行ってどうすんよ?」
消え入りそうなほど小さな反応だ。
「両親を待ち伏せする」
「どうして来るってわかるのよ?」
「いや、たぶん来るんじゃないかって思うんだ」
「何それ」
千明が小馬鹿にするように鼻で笑った。
「思ったんだよ。今日はヤナギさんの四十九日だろ。ってことは、今までのこと色々思い出すと思うんだ。そしたら、いつもお寺の帰りに寄ってた喫茶店のことも思い出すんじゃないかって。思い出したら、懐かしくなって寄る可能性あるんじゃないかって。いや、これはもう確実に寄るはずだ。そう思わない?」
千明は氷だけになったグラスを揺らした。
タダクニの話など聞く気はない、そんな態度だ。
「千明。今まで隠してたことは謝る。この通り。ごめん」
タダクニは頭を下げた。
「千明の協力がないとムリなんだよ。お願いだから、協力して。頼む」
千明は下唇を噛んだまま黙っている。
沈黙が流れた。
今はこれ以上の案は何も浮かばない。
しばらくして千明がポツリと言った。
「ねぇ、やっぱり戻ろう? 除霊してもらおう?」
「……千明。それじゃあ、ヤナギさんが地獄に」
「お坊さんに頼めば天国へ送ってくれるわよ」
「ムリだよ。閻魔大王に言われたって。未練があったら天国行けないんだって」
「知らないわよ、そんな話」
「とにかく今、除霊したって意味ないよ。そりゃヤナギさんが地獄へ落ちる覚悟ができてるって言うんなら、別だけど……」
ヤナギさんをチラッと見たが、目をそらされた。
覚悟はできてないみたいだ。
「じゃなかったら、オレ達が地獄行きになっちまうんだよ」
「じゃあ、どうすればいいって言うのよ?」
「だから喫茶店に行ってみるんだよ」
「来なかったらどうすんのよ?」
「じゃあ、寺に戻るのかよ。どの面さげて戻れるんだよ? 千明だって、そのくらいわかってるだろ?」
千明は口を尖らせ、ふて腐れた顔をしている。
「他に案があるわけじゃないし、ここでじっとしてても仕方ないだろう」
「もお……。どうしてこんなことになっちゃうのよ。だいたいタダクニが最初に本当のこと言ってたら、こんなことにならなかったのよ。すぐに除霊に行けばよかったんだもん。それを親切ぶって協力なんかするから、わたし達まで地獄になっちゃうんでしょう。なんでわたし達がこんな目に遭わなきゃならないのよ。地獄に落ちるのはヤナギさんだけで十分じゃない! とっとと落ちればいいのよ!」
「落ち着けって」
「何をどう落ち着けって言うのよ! もおっ。そんなに行きたくないなら、わたしが地獄へ送ってやるわよ。こうしてやる!!」
千明はテーブルのアジシオを再び手に取り、あたり構わずぶちまけた。その時、
「何すんじゃ、ぼけぇ!」
突然、ドスの利いた怒鳴り声が店内に響きわたった。




