6.地獄へ落ちて、ヤナギさん、の話
「ヤナギさん、守護霊じゃないの?」
千明は肩を震わせている。
「千明?」
「守護霊じゃない……ただの……幽霊……」
「あ、いや、違う、千明……」
「やだ、あっち行ってよ。気持ち悪い」
いや!
いや!
千明が興奮気味に自分の周りを手で払った。
隣のテーブルの家族連れもその奥の女子高生グループもこっちを見ている。
タダクニは、すみません、と小さく頭を下げる。
「千明、落ち着けって」
「どうやって落ち着けって言うのよ。幽霊がわたしの周りにいるのよ。冗談じゃないわ」
「何かしてくるわけじゃないだろ」
「地獄に落とそうとしてるじゃない。てか、タダクニはずっと知ってたってこと? 守護霊じゃないって」
「いや、それは……」
「知ってたんでしょ!」
タダクニは下唇を噛んで小さく頷いた。
「わたしずっと騙されてたの……」
「騙すとかじゃないって」
「じゃあ、何よ?」
「本当のこと言ったら、怖がるかなって」
「当たり前でしょう。バカじゃないの」
千明はタダクニを睨みつける。
「どこにいるの?」
「は?」
「今、どこにいるの、ヤナ、お化けはどこにいるのよ?」
どこって……。ヤナギさんと目が合った。
「そこ?」
千明はテーブルに置いてあったアジシオを手に取ると、
「消えろ! 消えろ! 消えろ!」
気が狂ったようにまき散らした。
「お、お客様! 困ります!」
レジ付近にいた店員がすっ飛んできた。
タダクニは慌てて席を立ち、店員に駆け寄る。
「すんません。ケンカしちゃって。すぐに落ち着かせますから」
「……他のお客様のご迷惑になりますので、お静かにお願いします」
店員は、怪訝な顔をして戻っていく。
「落ち着けって、千明」
「もう、やだぁ……」
今にも泣きだしそうな声を出して、千明はテーブルに崩れ落ちた。
《ちょっと、何なのよこの子は。いきなりヒステリックにアジシオぶちまけて。カルシウムが足りないんじゃないの?》
誰のせいだよ。お前が言うな。
千明が取り乱すのは当然だ。
守護霊に守ってもらってるのと、幽霊にとり憑かれているのとでは、どえらい違いだ。
ちなみに、さっきのアジシオはヤナギさんにはかからなかった。
とっさに避けられた。
彼が前に話していた第六感が働いたのかもしれない。
ただしかかったとしても、アジシオがお浄めの塩と同じような効果をもたらせたかどうかは疑問だが。
「ねぇ、お寺に戻ろう?」
千明が顔を上げた。
「戻ってどうすんだよ?」
「あのお坊さんに除霊してもらう」
「あの坊さんに頼んだら、ヤナギさん、地獄行きだぞ」
「だって、そうしなかったら、わたし達が地獄になっちゃうんでしょ?」
「そうならないように、方法を考えんだよ」
「もうないよ、他に方法なんて」
「いったん、整理して考えてみようよ」
「整理なんてするまでもないじゃない。幽霊が憑いてるんだよ。除霊してもらうのが普通でしょう。ねぇ、違う?」
「一度、冷静になれって」
「冷静になるのはタダクニのほうでしょう。なんでそこまで幽霊の肩持つのよ? 幽霊なんて地獄でもどこでも行けばいいのよ」
《ちょっと。言いたいこと言いすぎよ。それ以上はぼくでも怒るわよ》
「お前、それはちょっとひどいぞ」
「何にもひどくないわよ」
「お前にはヤナギさんが見えなくても、オレには姿が見えるし会話もできるんだぞ。それを地獄へ突きだすような真似できるわけねえだろ」
「だったらもう、タダクニ一人でやってよ。成仏でも何でも勝手にさせればいいじゃない。その代わり、わたしを巻き込まないでよ」
「お前がいないと、ヤナギさん、移動もできないんだよ」
「知らないわよ、そんなこと。今までずっと二人の秘密でやってきたでしょ? わたし関係なかったんでしょ? だったらこれからも二人でやればいいじゃない。わたしにはホントのことずっと隠して、それでわたしに何しろって言うの? わたしは姿も見えないし、声だって聞こえない。信じるのはタダクニの話だけなのよ。それを隠されて、一体何を信じろって言うの? 馬鹿にするのもいい加減にして! わたし、もうタダクニと別れるから! 二人で勝手にやってよ」
「別れるって。急にそんな話しなくたっていいだろ」
「急じゃないわよ。最近、ずっと考えてた。二人で地獄でもどこでも落ちればいいのよ。だいたいタダクニはいつだってそうじゃない。こないだのライブだってそう。大事なことはわたしにはひと言も言わないんだから」
「その話は今関係ないだろ」
「今だからしてんでしょ! 他の人から聞いたことが、どれだけ悔しかったからわかる? 話してくれても止めたりしないよ。そりゃ、羨ましいとは思うけど、行くなとは言わないよ。なのに何の相談もしないで勝手に行くって……。バカにしないでよ! だから今回もわたしを抜いて勝手にすればいいじゃない。二人で地獄でもどこでも行けばいいじゃない。ヤナギさんだってそうよ。死んでるのに往生際悪すぎなのよ。未練とか言ってないでとっとと地獄へ落ちればいいのよ。何とかしなさいよ、タダクニもヤナギさんも。わたしはもう知らないから!!」
千明は勢いよくアイスティーを掴むと、一気に飲み干した。
《ちょっと、黙って聞いてればこの子、言いたい放題言ってくれるじゃない。往生際悪い、地獄へとっとと落ちろ、ですって!? こんなにかわいくない子だとは思わなかったわ。おかまにケンカ売るなんていい度胸してるじゃない。もうあったまきたわ! どう転んでもこの子だけは呪ってやる。謝ったってもう遅いんだからね。タダクニくん、言ってあげてよ。「お前は呪われる」って。包み隠さず知りたいって自分が言うんだから、教えてあげなさいよ。ほら、タダクニくん、言ってあげなさいよ。「呪われる」って。ほら、タダクニくん。早く! 言いなさいよ! タダクニ!》
言えるわけねぇだろ……。
「あのお坊さんにあのまま除霊してもらってればよかったのよ……」
吐き捨てるように呟いて、千明はそのまま黙ってしまった。




