5.立派な悪霊。いや、悪魔だよ!の話
《閻魔様って知ってるでしょ?》
「あの閻魔大王のこと?」
《うん。その閻魔様にぼく、この間会ったのよ》
「ホントにいるんだ」
《その時の話なんだけど……》
ヤナギさんはぽつりぽつりと語り始めた。
実は今までに会ったのは閻魔大王だけというわけじゃないそうだ。
死んでから一週間ごとに色んな仏様と会っていた。
意識が遠のくような感覚に襲われ、気がつくと仏様の目の前にいるのだそうだ。
不動明王だとかお釈迦様だとか、聞いたことのある仏様が週替わりに現れ、その五人目が閻魔大王だった。
十メートルはありそうな巨体に強靭な肉体。
何をそんなに怒っているのか、阿修羅のような顔つき。
鋭い眼光を放つ目はつりあがっている。
基本的に口は真一文字に閉じているが、ひとたび口が開いた時は、雷を落としたような全身に響く声を出す。
そんな大魔神のような閻魔様を面前にして、ヤナギさんは芯から震えあがってしまったらしい。
そこでは天国へ行く条件を再確認させられた。
もちろん未練を絶ちきることだ。
その条件がクリアできなければ地獄へ落ちるか、あるいは、浮遊霊として永遠にさ迷い続けるかのどちらかになるという確認。
成仏できずに永遠と孤独にさ迷うのだから、浮遊霊も地獄と同じようなもんだ。
そして閻魔大王は次のようなことを言ったそうだ。
「もうひとつ方法がある。今、お前の成仏に協力している二人の人間がいるが、その二人を地獄へ落とす。そうすれば、代わりにお前は天国へ行ける。これは二人の命を奪う、という話ではない。ちゃんと寿命はまっとうしてもらう。ただ死後の行き先が地獄に決まっている、というだけのことだ」
もちろん、そんなことできるわけないじゃないってヤナギさんは思った。
思ったけど、震えあがっている彼がそれを口に出して、目の前の大魔神に反論することなどできるはずもなかった。
「天国へ行きたいだろう?」
全身に響く問いかけに、ヤナギさんはぶるぶる震えながら、ただただ頷いた。
「よし、じゃあそのように手続きしておく」
閻魔様は一瞬、不敵な笑みを浮かべたように見えたそうだ。
「いづれにしても、まずは未練を絶ちきるように努めることだ。それがダメだった時には、二人を地獄へ落とせばいい。ただし、その覚悟は早めに決めておいたほうがいい」
閻魔大王がそう言うと、辺りはだんだんと霧に包まれ、何も見えなくなった。
次に気がついた時にはいつもの世界に戻っていたらしい。
「なんでそんな話になっちゃうんだよ」
《ごめんなさい》
「謝ればいいってことじゃねえだろう」
《……ごめんなさい。悪いことしたと思ってるの》
「当たり前だよ! なんでオレ達が地獄行きなんだよ」
《さ、さあ……なんでかな……》
「お前のせいだろうが! 何が、さあ? だよ」
ふざけんじゃねえよ、とタダクニはアイスコーヒーを乱暴に口へ含んだ。
「ていうか、『そのように手続きしておく』って何の手続だよ」
《ぼくが天国へ行けるよう……》
「オレ達が地獄へ落ちるようにだよ!」
何だ、それ……。
タダクニはイラつきを隠さず後頭部をごしごし掻いた。
「悪霊だよ、悪霊。あの住職の言ってた通りだ。どうしてオレ達が地獄行きなんだよ」
ヤナギさんは肩をすくめたまま黙っている。
「つーか、その話になった時、なんで何にも言わなかったんだよ。普通、何か言うだろう。意味わかんねえよ。ったく」
タダクニは舌打ちして続けた。
「りっぱな悪霊だよ。悪い霊と書いて悪霊。いや、死神、悪魔だよ」
《……何もそんな言い方しなくたっていいじゃない》
「はあ?」
《仕方なかったのよ、あの時は……》
「何が」
《だって、しょうがないじゃない! タダクニくんは閻魔様を見たことないからそんなこと言えるのよ。あんな大魔神みたいなの目の前にしてみなさいよ。誰だって何も言えなくなるわよ》
「なに、開き直ってんだよ。そもそも自分が悪いのになんだよ、その言いぐさ」
《悪くないわよ、ぼくは》
「どう考えたって悪いだろ。自分でも悪いと思ってるって言ってたじゃねえか、さっき」
《言ってないわよ》
「言ったよ」
《言ってない》
「言った」
《言ってない》
「言った」
《言っ……あれは、気の迷いよ》
「気の迷い、だとお? 人の地獄行き決めといて、気の迷い、だと!」
《だから、何度も謝ってるじゃないの。それをネチネチネチネチ……心が狭いのよ!》
「ふざけんじゃねえよ。なに好き勝手言ってんだ。自分のこと棚に上げて」
《上げてないわよ》
「思いっきり上げてんじゃねえか」
《上げてな――》
――いの……。
え?
タダクニとヤナギさんは声のしたほうへ視線を向けた。
千明がうつむいたまま肩を震わせている。
「ヤナギさんて……守護霊じゃないの……?」




