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さぁ、ステキなご臨終の話をしよう  作者: カジセイ
第三章 ヤナギさん②

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4.悪霊かもしれない、の話

「いやあ、びっくりしたよな。いきなり悪霊扱いだもん」

「ホントよね」

「呪文みたいなの唱えてだろ」

「あれ、すごく怖かったんだから。動けなかったもん」

「あんなの本当にあるんだな」

「わたし、映画で観たことあるよ、あれ。『陰陽師』で」

 千明は目の前のアイスティーをひと口飲んだ。


 タダクニ達は逃げた先で見つけたファミレスに入って、やっとひと息ついているところだった。

「でも、真面目な話さ。あの住職にはヤナギさんのことがわかったってことなんだよな」

「わかったなんて言えないでしょ、あんなの。同じ霊でも守護霊と悪霊じゃ大違いじゃない。冗談じゃないわよ」

千明は鼻を鳴らした。


「だいたいあのお坊さん、わたしに悪霊が憑いてるだなんて。あんなこと人前で言う? デリカシーなさすぎると思わない」

 ああいう人、わたし大っ嫌い。とそっぽを向いた。

 自分の守護霊を悪霊呼ばわりされて、よっぽど腹が立っているようだ。

「まあ……ね」

 わからんでもないけど……と次いで出そうになった言葉をタダクニは止めた。

 機嫌の悪い彼女は「けど、なに?」と絡んでくるだろうし、それに対する返しがあるわけでもない。

 そもそもなにか意図を含んだ「けど」じゃない。

 何の意味も持たない「けど」だ。

 こういう時はそっとしておくのが経験からしても得策。

 唇まであがってきた言葉に蓋をするようにコーヒーを口へ運んで、タダクニは店内を見回した。


 お昼時ということもあってそれなりに混んでいる。

 隣のテーブルは家族連れ。五歳くらいの男の子がはしゃいで騒いでいる。

 その向こうは女子高生の三人グループ。ノートを開いて勉強している。夏期講習の帰りか何かだろうか。


 視線を目の前に戻すと、千明はまだそっぽを向いてぶつぶつ独りごちている。

 タダクニは思わず重いため息を吐いた。


 千明の機嫌は時間が癒してくるだろうが、もうひとつの問題がため息を重くしていた。

 つまり、計画が崩れた。

 ヤナギさんを法事の場で成仏させる、という計画が。


 案内状によれば、今日の法事のスケジュールは、お焼香の後はみんなでお墓参りをして、それから会食という流れだった。

 そして、どのタイミングでヤナギ父に話しかけるかだったが、これはほとんど考えるまでもなかった。

 会食の時しかない。

 お酒が入り、場が乱れて、何だかよくわからなくなってきたところへ話しかけるしかない。

 場合によっては会食の場から外へ連れ出してもいい。

 とにかく、そのタイミングでヤナギ父に近づいて、ヤナギさんのことを伝える。

 幽霊だなんて浮世離れした話をどうやって信じてもらおうかというのは、正直、出たとこ勝負な比重がほとんどだったが、お酒が思考回路を都合よく助長してくれるかもしれない、という甘い算段もあった。


 しかし今、その計画は崩れた。

 それはイコール、ラストチャンスを失った、ことを意味していた。


 どうすればいい……。


 タダクニは嘆息して、ヤナギさんを見た。

 両手を口許に当ててった表情をしている。

 ついさっき地獄へ送られそうになったばかりで、その恐怖心がまだ少し残っているのだろうか。

 もともと生気がなく青白い肌だが、白さがいっそう深まったように見える。

 もしあの時逃げていなかったら、今頃は地獄へ飛ばされていたかもしれない。

 あるいは、地獄への扉みたいなものがあって、さっき住職が呪文を唱えている時、ヤナギさんの目の前ではその扉が開きつつあったのかもしれない。

 その時感じた恐怖感たるや。


 でも今は、そんな畏怖に飲み込まれている場合じゃない。

 ラストチャンスが消えた今、あと数時間もすればその扉がまた現れてしまう。

 そして今度こそ逃げることはできないのだ。どんなに抗おうと、地獄に吸い込まれていく。

 そうならないためには、どうすればいい?

 他に何か方法はない?

 今はそれを考えなくちゃいけない時だった。その時、


《……れない》


 声とも息とも判然としないほどの微かな言葉が、ヤナギさんの口許から漏れた。

 え、何?

 タダクニは眉根を寄せる。


《ぼく……本当に悪霊なのかもしれない……》


「何言ってんだよ。そう悲観的になるなって」

《違うの……》

「違わないって。まあ、そりゃ確かに、オレ達に迷惑かけてるって意味では、そう思うのはわかるけど、それはあの住職が言ってた悪霊とは違うだろ。オレ達ヤナギさんを成仏させるために動いてるんだぞ。モチベーション下げるようなこと言うなよ」

《違うのよ》

「何が違うんだよ。もういいよ。そういう迷惑かけてごめんなさい、みたいな話は」

「何、どうしたの」

 千明が首を傾ける。

「ヤナギさんがさ、自分は悪霊だ、なんて言い出してんだよ。落ち込む気持ちもわかるけどさ、今はそんなこと言ってる場合じゃな――」


《違うのよ!!!》


 大きな声がタダクニの言葉を遮った。

「な、何だよ。でかい声だして」


《……ごめんなさい》


 うって変わって、今度はかすれた声だ。

 その声色にタダクニは首筋の辺りがヒヤリとする感覚を覚えた。

「どうしたんだよ、急に」

 ごめんなさい……。震えた声を漏らして、ヤナギさんの上半身はゆっくりと折れた。

「ごめんなさい、じゃわかんねえよ。何なんだよ」

《あの……ぼく……本当に邪悪な霊なのかもしれないの》

「だから邪悪って」

 タダクニは呆れて鼻で笑った。

《本当よ。あのお坊さんが言ってたそのままの意味で。悪霊ってことよ》

「悪霊って、だって……」

 ヤナギさんと目が合った。

 その真剣な眼に胸の奥が一瞬凍りつく錯覚を覚える。思わず唾を飲み込んだ。


「ま、マジで言ってんの」

 ヤナギさんが黙って頷く。

 胸がざわざわした。

 何も言葉が浮かばなかった。

 ヤナギさんの目に吸い込まれるように頭が真っ白になる。

 やっと吐き出てきたのは、


「どうゆうことだよ?」


 呟きのような小さく乾いた声だった。

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