3.見えてる? いや、見えてない、の話(後半)
住職は瞑目して両手を組むと、
「臨、兵、闘、者……」
おいおいおいおい。なーんか唱えだしたぞ。
やばい! 説明しないと!
「違うんスよ、お坊さん。これは、そういうんじゃなくて」
「皆、陣、裂、在、前……」
聞いてねぇ……。
まずい!
このままだとホントに地獄へ送られる!
「千明、行くぞ!」
タダクニは千明の腕をつかんで、その場を連れだした。
「あっ! どこへ行く。まだ終わっとらん」
終わっちまったら困るんだよ。タダクニはそのまま本堂の外へ飛びだした。
「待ちなさい! その子には邪悪な霊が!」
振り返ると、住職が追いかけてきている。
タダクニは寺の外へ向かって走った。
住職が後ろから何か声を投げてくるが、無視して走る。
門を抜けて、駐車場も抜けて道路に出た。
さっきバスできた道だ。
振り向くと住職はまだ門のところを走っている。
腕時計を確認する。
十時三十五分。
目の前にあるバス停の時刻表に目を走らせる。
十時……十時……五分だけ?
一時間に一本しか走ってねえ。
クソど田舎が!
右、左、どっちだ。
右も左も一本道。
考えるまでもない。
こんな急な坂道を走って上るほどタフじゃない。
ただ、下りは往きで来た道。
町までは相当遠い。
看板のアニメっ娘が目に入った。無邪気に剣を振りあげている。
「こっち!」
迷っている暇はない。
タダクニは下りへ走りだした。千明もついてくる。
後ろで住職の声が聞こえた。
振り返ると、ちょうど道路に出てきたところだった。
しかし目に入ったのはそれだけじゃない。
住職の向こうに車が走っている。
坂道をこっちに向かって下りてくる。
千明と目が合う。
どうやら思いついたことは同じようだ。
――ヒッチハイク。
二人は車に向かって、同時に親指を突き立てた。
車がスピードを上げて近づいてくる。
ただ、何か様子がおかしい。
よく見ると車は後ろを向いている?
そう、バックで坂を下りてきている。
それももの凄いスピードで。
何?
どういうこと?
考えている間もなく、車はかん高い異常音をあげ、タダクニ達をほとんど轢きそうになりながら通り過ぎていった。
「危っぶねえ! なんだあの車!?」
「お年寄りの危険運転よ、轢かれるとこだった」
高齢者が高速道路を逆走したとか、ブレーキとアクセルを間違えてコンビニに突っ込んだ、なんてニュースを度々目にするが、今のもそれと同じようなもんなのか。
前も後ろもわからないなら免許返納してくれ、ご高齢者!
「待たんかぁ!」
住職の怒声が飛びこんでいた。
くそっ。タダクニ達はまた走りだした。
◇
どのくらい走っただろうか。
新しい道路に突き当たった。振り返るともう住職の姿はなかった。
ぜぇぜぇと息があがっていた。
酸素を求めて気管支が全開になっているのがわかる。
千明も隣で苦しそうに咳き込んでいる。
「千明、大丈夫?」
「何とか……」
千明は眉間を寄せて、必死に口へ酸素をかき集めている。
「こんなに走ったの、オレ高校以来だよ」
「わたしも」
お互いまだまだ肩で息をしていた。
千明と目が合った。
何だか急におかしくなって、どちらともなく笑いだした。
お腹を抱えて笑った。
すごく懐かしい感覚だった。
千明とこんなふうに無邪気に笑っている空気、匂い。
いつ以来だろう――。
酸素不足の意識の中で考えた。
考えたけど、わからなかった。
ただひとつわかっていたことは、この懐かしい空気はとても居心地がいいってことだ。




