1.席なんか譲るんじゃなかった、の話(前半)
席なんか譲るんじゃなかった。
タダクニは目の前に座る松葉杖のサラリーマンを見ながら、心の中でつぶやいた。
さっきまで電車の優先席に座っていたタダクニは、一つ前の駅で乗ってきたサラリーマンに席を譲った。
まあ、それはいい。
一般常識的に考えても、取り立てて褒めるようなことでもない。
そのサラリーマンは席に座ると、松葉杖を器用に両脚の間に立ててスマホをイジり始めた。耳にはポータブルのイヤホンを着けていて、手の動きからして、おそらくゲームをしているようだった。
いや、いいんだ。
席を譲ってもらったからと言って、ゲームをやっちゃいけない、なんて決まりはないし。
ただ、何て言うか、「ありがとうございます。助かりました」的な雰囲気を、少しは出してもらいたいじゃない?
そんなの偽善だと非難されそうだけど、そう思うのは悪いことじゃない。
これが例えば本、そうだな……何かの資格試験の参考書だったりしたら、こんな風には感じなかったかもしれない。
それがゲーム、しかもイヤホンまでして、こんなにガッツリヤラれると、ムカ……、あ、いやいや、いい思いはしない。
でもまぁ、そこまではよかった。許せないのはその後だ。
松葉杖がスマホを持ち替えたので、今度は何を? と観察していたのだ。
電話? なるほど、着信があったわけね。てか、出るのかよ? 電車の中だぜ? 優先席だぜ? いや、優先席かどうかは関係ないか。つうか、せめて小声で電話に出ろよ。口元に手を当てて話せよ。
隣りのギャルも怪訝そうな視線を送っている。逆隣りに座る兄ちゃんも、何事かと一瞬起きた。その後すぐ寝たフリに戻っているが、眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしているから、やっぱり迷惑なんだろう。
ていうか、全く電話を切る気配がないぞ、この松葉杖。むしろ、自分から話を続けているようにも見えるんですけど? 何だコイツ!?
よく見ると、髪型も気に入らない。オールバックでワックスか何かでテカテカに撫でつけている。この令和の時代にそんな髪型すんなよ。昭和の悪徳不動産屋じゃないんだから。
ったく。こんなヤツ、ロクな死に方しないはずだ。
地獄に落ちやがれ。
その無防備な松葉杖を奪い取って、次の駅で降りてやろうか。
追いかけることもできない。立つことすらできない。ただただ、座ってうろたえることしかできないオールバック。
そのまま終点まで行っちゃって。終点でも降りられずに、折り返してくるってのもいいな。
途中で、トイレに行きたくなったりして。そしたら漏らしちゃうのかな。
タダクニは、オールバックの末路を空想してニヤニヤほくそ笑んだ。
今日はツイてるなって時、あるじゃないですか。
例えば、暑い夏の日。
自販機で冷たいコーヒーを買おうとしたら、あやまって百円玉を落としてしまい、拾おうと自販機の下を覗くと五百円玉が落ちていた。
で、コーヒーを買ったら、当たったりして。
当たったコーヒーを飲みながら家に帰ると郵便が届いていて、封を開けると昔応募したハワイ旅行の当選告知で。
マジかーと喜んでいるところに、こないだ知り合ったカワイイ子から「たまたま近くまで来てるんですけど、今から一緒に飲みませんか?」ってラインが届く。
ラッキーと思って出かけると、思いの外盛り上がっちゃったりして。
気がついたら彼女、終電を逃してしまって、「それならウチ来る?」「いいんですか」なんて、よく見ると瞳がとろんと潤んでいた。
……んなことは無いか。
こんなヤツがいたら、首を絞めてやりたい。
でも、運が良い時は、それが続く、連鎖するってことはやっぱりよくある。
その逆も然りで、ツイてないときは、とことんツイてない。
例えば、暑い夏の日。
自販機で冷たいコーヒーを買おうとしたら、あやまって五百円玉を落としてしまい、拾おうと自販機の下を探したけど見つからなくて。
仕方なく、千円札を出して買ったはいいものの、おつりは百円玉と十円玉のみ。しかも出てきたのはホットコーヒーで。
こんなクソ暑い季節になんでホットなんて置いてるんだと、ぼやきながら家に帰ると郵便が届いていて、封を開けると水道料金未払いの督促状で。
マジかーと頭を抱えているところに、こないだ付き合ったばかりの恋人から「やっぱりムリでした。別れてください」とラインが届く。
意味がわからないと思って電話を掛けると、知らない男が出て「お前、しつこいんだよ。ストーカーかよ」なんて罵声を浴びせられ。ふと目の前の鏡を見ると、瞳が涙で滲んでいた。
さすがに、これはひど過ぎか。もう少し希望があってもいいかもしれない。
でも、ツイてないんだよなって時は、たいてい二つ三つ、嫌なことが続いたりするものだ。
今日のタダクニもそうだった。




