2.いよいよ四十九日当日、の話
四十九日当日。
法事の営まれる崇徳院というお寺へは、宇都宮駅からバスが出ているので、タダクニ達はそれを利用することにした。
案内状によれば、一時間ちょっとの道のりだ。
バスに揺られて二十分。
窓から覗く景色には田園が一面に広がっている。
たまに目に留まる古民家がノスタルジックな気分をかり立てる。
山道に入ってからは建物がめっきりなくなり、右も左も林だけがどこまでも続いている。
そこから後はほとんど同じ風景だった。
生い茂った杉の木が、涼しげな木陰をただただ深々と作っている。
「気持ちいいね」
千明が窓を開けた。
「うん。空気が違うよな」
「わかるの?」
「気分だよ、気分」
空気の違いなんてわからない。そこまでデリケートじゃない。
水道水を『六甲のおいしい水』と言われて出されてもわからないくらいだ。
しばらくすると前方にログハウス風の建物が目に入った。何だろう、と見ていると、
《うわあ。懐かしい……》
ヤナギさんが呟いた。
「どうしたの」
《子供の頃によく行ったのよ、あそこ》
「あれって……」
《喫茶店よ。お墓参りの帰りに、親にせがんでよく寄ってもらったのよ》
「ふーん。そうなんだ。千明、今の見た?」
「ログハウスみたいなヤツ?」
「そう。あれ、喫茶店なんだって。ヤナギさんが子供の頃によく行ってたんだってさ。お寺の帰りに」
「そういうのって妙に覚えてるんだよね。わかる」
《子供の頃のお墓参りなんて、はっきり言って退屈なだけじゃない。できれば行きたくなかったんだけど、うちはけっこうそういうの厳しくて必ず連れてかれたの》
「うん」
《だから交換条件みたいな感じで、帰りはあそこに寄ってもらってたのよ。あそこね。スペシャル・プリンっていう普通の五倍くらいのお化けプリンがあるのよ。あそこでそれを頼む。それだけがお墓参りの楽しみだったわ》
そう言うヤナギさんは、子供のように無邪気な顔で宙を見つめていた。
それからまたしばらくした後、バスが急勾配な坂道の途中で停まったと思ったら、そこが『崇徳院前』というバス停だった。
バスを降りるとそこには二十台近く停まれる駐車スペースがただ広がっているだけで、他には何もない場所だった。あるのはひとつ、大きな看板だけだ。
タダクニはその看板を見て、背中にスライムをべたーっと垂らされたようなむず痒い気分になった。
横三メートル、縦二メートルはありそうな大きな看板には、それをキャンバスとして絵が描かれていた。
美少女アニメのキャラクターのような女の子が、笑顔で剣を振りあげている。
ピンクの袈裟に身をつつんで、片足を曲げている。
下半身はミニスカートのようなデザインで、そこからセクシーに両脚を覗かせていた。
女の子の口許からは「ようこそ。崇徳院へ」と吹き出しまで出ていた。
タダクニは、いつか見たニュースを思い出した。
たしか、『萌え寺』とか言って紹介されていた。
何でも、若い人達にもお寺を身近に感じてもらおう、というような趣旨があるらしかった。
そのニュースを見た時は「世も末だなあ」と思ったものだ。
まさか、この目で見ることになろうとは。
《ちょっ。何なのよ、これ!》
金切り声をあげたのはヤナギさんだった。
「ヤナギさん、知らなかったの? この看板」
《知るわけないでしょう。最後に来たのは就職の時だから……五年近く前だもの。その時はこんなのなかったわよ》
「『萌え寺』って言って、若い人達にもお寺を身近に感じてもらおうってヤツだよ。前にニュースでやってた」
《そういうこと訊いてるんじゃないのよ。何なのよ、このアニメは? 恥ずかしい。ていうか、よく檀家がOKしたわね……》
ヤナギさんはぶつぶつ文句を言いながら、奥のほうへどんどん進んでいった。
タダクニと千明も後に続いた。
受付近くでヤナギ母を見つけたので簡単な挨拶を交わした。
隣の初老の男性をヤナギ父だと紹介された。
ショーン・コネリーのような渋味のある優男って感じだ。
そのすぐ近くでは若い男女がぎこちなく立っていて、こちらはヤナギさんの弟夫婦だという。
タダクニは全員と挨拶を交わしながら、ヤナギさんが見えているかどうかを気にかけた。
しかし、誰にも見えている様子はなかった。
ヤナギさんも声をかけていたが、やはりそれにも反応はなかった。
最初から期待はしていなかったが、それでもちょっとした落胆はあり、タダクニの口からはため息が漏れた。
本堂に進むと、そこはすでにたくさんの人達で埋め尽くされていて、タダクニ達は一番後ろの列に陣取った。
隣の千明が小さく咳払いをする。
見ると緊張しているのがわかる。
ヤナギさんはもっと緊張しているように見える。
そういうタダクニも胃がキリキリするような気分だった。
本堂の粛然とした雰囲気が、お香の匂いが、ひそひそと聞こえてくる周りの会話が、堂々としたご本尊が、そういうすべてが三人を緊張させた。
何か落ち着かない。
胸騒ぎがする。
タダクニは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
薄い氷を張ったような空気が、静かに、厳かに三人を包んでいった。




