4.やり残したこと、の話(後半)
「他は?」
《万馬券を当てたい!》
誰だって当てたいわ!
《麻雀で役満を上がりたい!》
アカギに影響されすぎだよ!
《マイケル・ジャクソンのライブを観たい!》
死んどるわ!
……。
「あのさ、月下さん……だっけ?」
《カレンでいいよ》
「か、カレンさん。ふざけてんスか?」
《どうして?》
「いや、みんな本気で言ってんのかなって」
《大マジですよ。『死ぬまでにやり切るリスト』に入れてましたから》
……そっか。
よくこんな下らないことをリストにしたな。
今度の休日、何しようかな、ていうレベルじゃねぇか、みんな。
徳之進のそんな呆れた雰囲気を察してか、カレンが眉間に皺を寄せる。
《言っときますけど、価値観は人それぞれなんです。徳之進にとってはどうでも良く思えることでも、私にとってはすごく重要な意味を持つことがあるの。例えば、パン一切れ》
「パン?」
《そう、パンたった一切れでも人生を大きく変えてしまうことがある。ちょっと小腹の空いた徳之進が、コンビニでジャムパンを買って食べる。この時のパンは空腹を満たす以外、何も意味を持たない、至極どうでもいい、むしろなんでそのくらい徳之進は我慢できないの? 忍耐力が足りな過ぎる、自分に甘すぎるんじゃないの? だいたいこういう人は、自分のことは棚に上げて、他人に厳しい、非難ばっかりする曲がった性根の持ち主なことが多いから、その曲がった性根、直したほうがいいわよ、徳之進? という程度のパンに過ぎない》
なんか途中から急にディスられ出したけど、何の話だ?
かなりの意味を持ったパンに聞こえたけど……。
《それに比べて、妹のためにパンを盗んだジャン・ヴァルジャン。彼は牢屋に入れられ脱獄を繰り返す。改心して市長にまでなったヴァルジャンだったけど、良心の呵責に苛まれ、自分は泥棒だと白状してしまう。その後、追っ手から逃げ切りコゼットを育て上げ静かに暮らしていたのに、革命に巻き込まれていく。彼にとってのパンは、その後の波乱万丈の人生のキッカケだったの。わかる?》
何が? 今の話で、オレは何をわからなくちゃいけなかったんだ?
「その、ジャンバ……」
《ジャン・ヴァルジャンね。って、もしかして、知らないの? ジャン・ヴァルジャン》
「知らねぇけど、有名な人?」
《信じられない。読んだことないの? 『レ・ミゼラブル』。あんな名作読まずに、よく死のうとしたわね》
何を偉そうに。
自分だって『ドカベン』読まずに成仏できないってわめいてるくせに。
《とにかく。私にとって『死ぬまでにやり切るリスト』は、ジャン・ヴァルジャンのパンと同じくらい重要な意味を持っているの。だから最後まで聞きなさい。あと一つなんだから》
よくわからんけど、怒られた。
じゃあ、その最後の一つとやらを聞こうじゃねぇか。
どうせ下らない、火星に行きたい、とか言うんだろ。
そこでタコ型の宇宙人と友達になって『WAになっておどろう』でも一緒に歌いたい、とか言い出すんだろうが。
《親友と仲直りしたかったの》
――あん?
今度こそ聞き間違えたか。
何、急にマジメなこと言い出してんだ。
《しばらく会ってない親友にひと言、謝りたかった。ずっと胸の奥に引っかかっていて……》
カレンが視線を落とす。
その哀しげな表情は見とれそうなほど美しい。
「その……親友ってのはどこにいんだよ?」
《彼女の地元……秋田なんだけど、地元で働いてる》
「じゃあ、会いに行きゃよかったじゃねぇか」
《そうなんだけど。色々あって気まずくって……。事情があることくらい察しなさいよ》
あるんじゃねぇか、まともなヤツが。
そういうのをリストにするべきなんだよ、本来は。
《これが全て。だからお願い、力を貸して》
真っ直ぐな視線。
そのキレイな瞳で見つめられ、思わず目をそむけてしまう。
テレビやファッション雑誌から飛び出してきたようなカレンは、今までの徳之進の人生では絶対に接点を持つことがなかった人種だ。
そして、これからも出会うことはないはずだった。
彼女の言う『死ぬまでリスト』をやり遂げたからって、成仏できるかは、わからない。
ただ徳之進は胸の奥で、このリストに興味を持ち始めていた。
いや、リストの内容は何でもよかったのかもしれない。
こんなにストレートに自分が必要とされていることに胸中がむず痒くて、無視できなかった。
死ぬ前に少しだけこのバカげた戯言に付き合ってみてもいいか。そう、思い始めていた。
思えば、目が覚めた時、目の前の彼女を見た時から、心を奪われていたのかもしれない。
《ね。楽勝でしょ? 徳之進はラッキーなんだよ》
彼女がキレイな白い歯を見せて笑った。




