4.やり残したこと、の話(前半)
「で、やり残したことって一体、何なわけ?」
《それなんだけど、いくつかあって……》
「いくつか? そういうのってだいたい一つっていうのが相場じゃねえのかよ?」
《私もそうだと思ってたけど、いざ死んでみたら、けっこう残ってたの》
照れたように笑って、舌を出した。
あざとい仕草しやがって、と表現したいところだが、本当に目の前で超絶美人からそんなことされたら、あざといなんて冷静にツッコミ入れていられない。
実際、これを目の当たりにした徳之進もドキッとして、ペースを乱され、思わず目を逸らすしかなかった。
「ち、ちなみに何個残ってんの?」
《……七個》
「七個!? ちょっと、待った。もともと何個あったわけ?」
《だから十個よ》
「じゅっこちゅうななこ? 全然やってねえじゃんか!?」
《だから大丈夫だって言ってるじゃないですか。私の成仏には無理難題とかないから。むしろラッキーなのよ》
何がラッキーなのか意味不明だっつうの。
ムリして十個も捻り出すから、成仏できなくて困んだよ。
映画は映画。全部やり遂げることを前提に作られてるからストーリーとして成立して、感動のエンディングを迎えられる。
でも実際の人生は、いつ死ぬかわからない。
やり遂げられる人のほうが少ないはずだ。
というか、やり遂げられる人なんていないだろう。
そもそもそんな簡単にやり遂げられるものは、この十個には入れないし。
こいつは一体何を十個挙げたんだ?
世界一周?
大恋愛?
こいつは大丈夫だと言っているが、いずれにしてもそんな簡単なものじゃないはずだ。
「例えば何……?」
《例えば? まず、『ドカベン』を読んでないのよ》
……は? 今、何つった? 聞き間違ったか?
「ごめん。よく聞こえなくて。もう一回言って」
彼女は一度咳払いをして、今度は滑舌に注意するような口調で言った。
《『ドカベン』を読んでないの》
「……どかべん?」
《『ドカベン』》
「高校野球の?」
《高校野球の》
「水島新司の、あの『ドカベン』?」
《その『ドカベン』。それ以外に、私、『ドカベン』を知りません》
彼女が真顔で答える。
なめとんか!!?
読めよ!
本屋に行けばすぐに全巻揃うわ!
《高校野球マンガの金字塔。とにかく脇役が魅力的なのよね。〝小さな巨人〟里中くん、〝悪球打ち〟の岩鬼くん、〝いつもニコニコ〟微笑くん。そして〝白鳥の湖〟殿馬くん。私は断然! 殿馬くん派。それからライバルの不知火や雲竜、通天閣打法の坂田三吉……。高校野球って青春そのものよねぇ。あの不朽の名作は絶対に読むつもりだったのに……》
やけに詳しいな。
ホントに読んだことねえのかよ。
何だよ通天閣打法って。
そもそも読んだことないのに殿馬くん派もクソもねえだろうが。
てか、この未練に対してオレは一体、何をすればいいんだ?
マンガ喫茶にでも行って、読破すればいいのか?
そんなんでよけりゃいくらでもやってやる。こちとら無職で時間だけはたっぷりあんだ。
ていうか、絶対に違う。
『ドカベン』を読んだから成仏できました、とかありえないだろ。
まさか残りは『あしたのジョー』『スラムダンク』『ゴルゴ13』を読んでない、とか言い出すわけじゃなかろうな。
たしかにどれも名作だろうけども……。そもそも『ゴルゴ13』 は完結してねえし。ん? 『ドカベン』も高校じゃ終わってなかったぞ、たしか。
「プロ野球編とか言って、高校の後も続いてたよな?」
《あ、そっちは大丈夫。興味があるのは甲子園だけだから》
あそ。随分とたんぱくなご回答だこと。
まあ、リストの中にはこういうしょうも無い部類の願いが一つくらい混ざっていても不思議ではないっつうことか。
「で、他は?」
《お! やる気になってきたわね!》
なってねぇよ。
《メイド喫茶で思いっきり豪遊してもらいます》
「……誰が?」
《徳之進が、に決まってるでしょ。私は何もできないんだから》
「あのさ。オレが豪遊しても意味ないんじゃ?」
《大丈夫。雰囲気を楽しめればいいの》
「秋葉原とかに行けばいいわけ?」
《そう。お店はもう決めてるの。老舗よ。お店の名前教えるから場所とか営業時間は検索してくれる?》
「オレが調べんの?」
《あたり前でしょ。他に誰がいるのよ?》
何で下調べしてねえんだよ。ホントに叶える気、あったのかよ。その程度の願い叶えたからって、成仏なんかできっこないわ。
「次は?」
《お次はちょっと難易度上がります》
おい、無理難題は無いんじゃなかったのかよ?
《ボウリングで二〇〇点越えのハイスコアを出してください》
もう驚かない。
アホらしくなってきた。
「他は?」
《万馬券を当てたい!》
誰だって当てたいわ!
《麻雀で役満を上がりたい!》
アカギに影響されすぎだよ!
《マイケル・ジャクソンのライブを観たい!》
死んどるわ!




