プロローグ (後半)
「僕を救えるのは、この世界に一人しかいないよ!」
――映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』より
「四十九日間です。それまでに元の世界に戻って未練を絶ち切ってきてください」
四十九日。最初からそう言ってくれればいいのに。だったらまだ何とかなりそうね……。
ただちょっと待って。そもそも未練って何のこと?
《あの……、未練が思い浮かばないんですけど? 無かったら何もしなくていいってこと?》
「この台帳には『未練あり』となってますよ。いいから早く行って。次がつかえてるんですよ」
未練って何よ? 思い残してきたこと? やり忘れてきたこと?
何かある?
家の鍵は閉めてきたし、火元だってちゃんと消したはずよ。そうだ、洗濯物干しっぱなしだ。まさか交通事故に遭うだなんて思ってもなかったし。やだ。勝負パンツ干してきてない? あれは見られたら恥ずかしいかも。って、さすがにパンツ取り込むのが未練なわけないか。
《やっぱり無いんですけど?》
「うるさいな。じゃ、あっちに進んで」
左側に並んでいる行列を指差した。
《あっちは……?》
「地獄」
《やーよ! 何言ってんの!? 絶対、ここから動かないから!!! ていうか、あなた、閻魔大王?》
「違いますよ。閻魔様は違う場所にいらっしゃる。私は仏。亡くなった人達の行き先をここで捌いています。交通整理みたいなものです」
《仏様ってもっと優しいんじゃないの?》
「それは人間が勝手に作り上げたイメージ。別に普通ですよ」
《そういうものなの? でもとりあえず、未練なんか思い浮かばなくて……》
「残してきた家族、恋人、友人、仕事、お金……。人によって様々ですよ。思い当たる節は? 何かあるでしょ?」
そんなこと急に言われたって、何があるって言うのよ……。
仕事は中途半端になっちゃったわね。お金、けっこう貯めたのよね。どうせ死んじゃうんだったら使っちゃえばよかった。恋人は……フラれたばっかだし。アイツ、浮気してたのよ。未練は無いけど呪ってやろうかしら。思い出したら腹立ってきたわ。友達なんているかしら? 仕事の同僚とはまた違うものね。ちょっと浮かばないな。もちろん親友もいないし。あとは家族……親にはずっと会ってないのよね。こんなことなら会いに行っとけばよかった。
「あの、ここで考えるんだったら、あっちでゆっくり考えてきていいですよ」
《あっちって地獄じゃない!?》
「お手軽お試しコース三日間ってのがあるから」
そんな英会話の体験入学みたいなコースがあるの?
《ちなみに三日って、今までの感覚だと……》
「三千年」
《さ、さんぜ……ッ。ふざけんじゃないわよ。行くわけないでしょ》
ったく、どこがお手軽なのよ。
「じゃ、どうすんですか? 戻るの? 戻らないの?」
《わかったわよ、戻って未練断ち切ってくればいいんでしょ。行くわよ! 行ってくるわよ!》
「はい、じゃ、あっちに行って」
強面が地獄の行列とは違う方向を指差す。その先にはピンク色のドアがある。
あれは……?
「あそこから元の世界に戻れます」
なんか、どこでもドアみたいね。
ぼくはそのドアの前まで進み、ゆっくり扉を開けた。




