1.目の前にキレイな女性がいた、の話
目が覚めると、目の前にキレイな女性がいた。
彼女はオレの顔をじっと覗き込んでいる。
――誰だ?
頭をフル回転させたが、わからない。
どこか見覚えのあるような気もするが、誰なのか思い出せない。
ちゃんとオレは死んだのか? ここは死後の世界ってことなのか?
二十代最後の日。
オレは睡眠薬を大量に飲んで自殺を図った。
半年前にリストラにあい求職中。
厳密には亡くなった父親から譲り受けた探偵事務所を形だけ引き継いでいるため無職ではないが、客なんか滅多に来ないので、そもそも仕事として成り立っていない。
ということで、とにかく定職を探していたが面接には連戦連敗。
一年付き合った恋人とは突然、連絡がつかなくなった。
彼女の母親がガンになったと相談を受け、預金のほとんどをはたいて治療費に用立てた直後だった。
数日後、警察から連絡が入り、彼女が結婚詐欺師だと知らされた。
警察の事情聴取から戻ると、ポストには興味の無い大量の不動産のチラシに紛れて結婚式の招待状が届いていた。
顔も思い出せない高校の同級生からだった。
それを見た瞬間、どうしようない失望感に襲われ、オレはネットで大量の睡眠薬を注文した。
――都内、一人暮らし、無職男性の自殺。
ネットニュースにもならないような出来事だ。
せめて最後は苦しまずに死にたい。
睡眠薬なら安らかに眠りに入りながら自然と死んでいけると思ったのに、実際は全然違った。
薬を大量に飲んだ副作用でひどい頭痛と吐き気に襲われ、ベッドの上でしばらくもがき苦しんでいたのまでは思い出せる。おそらくその後、眠りに落ちて死んだはずなのだ。
で、今。
目が覚めたら、目の前に美人、いや、超絶美人がいる。
この美人は映画で見たような霊界のガイド役みたいな人で、これから死後の世界を案内してくれるってことなのか?
美人はオレの顔をじっと覗き込んでいる。
それにしても、近い。
これはもう恋人がキスする距離だ。
そしてなぜか身体が動かせない。力が入らない。
死んだら重力から解放されて、身体が空気のように軽くなるって何かで読んだのに。
まあ、そもそも誰の体験談なのか謎だけど。どうやらあれはガセネタだったようだ。
とにかく全身麻痺したように動けない。この身体に慣れるまで時間が掛かるってことなのか?
今は、まばたきすらできない。彼女とガッツリ目が合う。
――良かった。間に合ったみたい。
彼女の口元が微かに動いたかと思うと、息を洩らすように呟いた。
間に合った? 何が?
彼女が顔を遠ざける。
今度はハッキリと口元が緩んでいるのがわかった。
笑顔?
《驚かせてごめんなさい》
喋りかけてきた。
切れ長で大きな目、まつ毛が異常に長い。
筋の通った鼻立ちと薄い唇。
そしてストレートの黒髪。
K‐POPアイドルのように整い過ぎた顔立ちをしている。
《安心してください。何か危害を加えようってわけじゃないんです》
危害? どういうことだ?
《驚くのも無理はないですよね。いきなり目の前に幽霊ですもんね》
K‐POPがおどけたように首を傾げる。
《悪い霊じゃないんで、そこは信じてください》
幽霊? 案内人ではないってこと?
てか、これは死後の世界? それとも夢の中? どっちだ?
今ひとつ状況がつかめない。
《……あの。そろそろ何か反応してもらえませんか。いくらなんでも反応悪過ぎですよ》
オレはK‐POPの顔をじっと見つめた。
歳は二十五くらいか。
ふと、髪の毛が一本、唇に付いているのが目に付いた。教えてやったほうが親切だろうか。
《あーのー。なんとか言ってくださーい》
喉元まで声が出掛かった、やっぱり言葉が出せない。
《もしもーし……》
……。
《ちょっと。いい加減、私も怒りますよ?》
なんとなく気づき始めた。
《あの、この際だから白状しますけど。あなたが驚くか驚かないか、だいたいわかって出てきてるんですよ。あなた、霊とか見ても驚くタイプじゃないですよね?》
オレは自殺に失敗したんだ。
ちくしょう。オレは死ぬことすらまともにできなかったのか。
《ていうか、もうその反応、飽きたんですけどー》
身体が動かないのは、死後の身体に慣れてないからじゃない。これは単なる金縛りだ。
《あのぉ~。殺しちゃいますよ?》
K‐POPが両手を伸ばしてくる。オレの首に冷たい何かが巻き付くような感触が走り、次の瞬間、
《あっ! ごめんなさい! 私、金縛りをかけたままだった》
やっと気づいたか、このクソPOP!
金縛りが解けて、ふっと身体が軽くなる。
《ホント、ごめんなさい》
K‐POPが口元で両手を合わせて顔を傾ける。
傾ける時に片目をつむる周到さだ。
自分がどういう仕草をすれば可愛く見えるのか熟知しているって感じだ。
なんだこいつは。
死ねなかったのは、こいつのせいなのか?
邪魔しやがって。美人だからってふざけんなよ。
こんなクソみたいな人生、延長されて、何しろってんだ。
こんなヤツに関わってられるか、ばか野郎。追い返してやる。
「なんでもいいからさっさと消えてください。さようなら」
あえて無感情を装い、オレは棒読みで言い放った。




