8.ヤナギさんが消えた?、の話
「ヤナギさんが消えた?」
「そうなんだよ。気がついたら、いなかった」
タクシーが交差点で信号待ちをしている時に、タダクニはそのことを話した。
「よかった。それ、成仏できたってことよね」
「うーん。なんか納得いかないんだよな」
「どうして?」
「ヤナギさん、全てを告白するために帰ったんだよ。それが心残りだったんだから」
「告白してスッキリしたから、成仏したんじゃないの?」
「オレが見てた中じゃ告白はおろか、あのお母さんに何か話しかけてるような姿は一度も見なかったよ」
「そうなの?」
「うん。告白もしないで成仏するなんて、あり得るかな」
《あり得ないわよ》
「ヤナギさん!?」
タダクニは思わず半音高い声を上げた。
その様子を見て千明が、
「え? いるの? ヤナギさん、ここに? 成仏したんじゃなかったの」
《できるわけないじゃない。告白してないんだから》
「成仏してないみたい。告白もしてないって。やっぱり思った通りだよ」
タダクニは千明に説明しながら続けた。
もちろん、その、タクシーの運転手に怪しまれないように、小声で続けた。
「で、どこ行ってたんだよ。家ん中、探したんだぞ。ヤナギさんの部屋まで行って」
「あ。あれ、そういうことだったの。なんで部屋行ったのか謎だったけど、なるほど、そういうことだったんだ」
《部屋に行ったの? すっごいプライバシーじゃない。……まあ、いいわ。ぼくも千明ちゃんの部屋にいるんだから、お互いさまってことね。さっきはぼく、ずっと家の外にいたのよ》
「家の外にいたんだって。なんで入ってこなかったんだよ」
《違うわよ。入ろうとしたわよ。でも入れなかったの》
「入れなかった? なんで?」
《盛り塩よ》
「盛り塩?」
《気がつかなかった? 玄関に盛り塩があったのよ》
「盛り塩があったから家に入れなかった、って言ってる」
《もちろん他の出入り口から入ろうとしたわよ。でも、ご丁寧に東西南北全てに盛ってあったわ。あれじゃあ、家に結界を張ってるのと同じよ》
「盛り塩って、お寿司屋さんとかの玄関先に置いてある、あの小さいヤツでしょ」
「うん、それとは違うけど、見た目は同じようなもんかな」
「でしょ。じゃあ、その盛り塩を取っちゃえば入れるんじゃない。どうする、戻る?」
千明が訊いた。
戻るって、何て言って戻るんだよ。
それなりの理由が必要だぞ。
今、出てきたばっかりで、もう一度線香あげさせてくれ、なんてバカはいないし。
とすると、忘れ物か。何を……。
時計とか? いや、浮気相手の部屋じゃないんだから、時計なんて忘れない。
理由がねえよ。
《ていうか、今日はもうムリだと思う》
「は? どうして? 今日はムリだってヤナギさんが言ってる」
《父親がいなかったでしょう。土曜のこの時間にいないってことは、会合か何かだと思うけど。いづれにしても、いつ帰ってくるかわからないわ。ぼくの告白は、父親に話さないと意味がないのよ》
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ? 今日は父親がいないからムリなんだって。いつ帰ってくるかもわからないって」
タダクニが説明すると千明は、
「そんな……」
がっかりするように俯いた。
何か方法はないか。
今日がダメなら明日ってわけにはいかない。
今日は千明に仕事を休んでもらった。明日も休ませるってわけにはいかない。
ショップ店員がいきなり土日連チャンで休むなんてことは許されない。
それに日にちを変えても、今日みたいに父親がいなかったらどうする。また同じことじゃないか。
そう何度も何度も線香あげになんか行けないぞ。怪しまれて、それこそいつか通報されちまう。
くそ。どうすりゃいいんだ……。
タダクニはひとつため息をついて、手に持っていた封筒の中身を何の気なしに確認した。
さっきヤナギ母からもらった御車料だ。
すげっ。三万も入ってる……。
ん? もう一枚、紙が入ってる。
何だこれ。
『四十九日法要のご案内 亡長男透……』
四十九日……?
法要……?
日にちは……二週間後の日曜日……。
これだ――。
「千明! これ、ちょっと見て」
タダクニは案内の紙を千明に渡して、
「これに行こう。再来週の日曜、ヤナギさんの四十九日の法事があるんだよ」
ヤナギさんも案内を覗き込んでくる。自分の法事を今知ったみたいだ。
「法事ってことは両親も当然……」
「来るよ。確実にいる」
「あとは、千明の休みだけど。日曜だけどシフトどう?」
「大丈夫。シフトなんてどうにかするから」
「じゃあ決定!」
「うん、決定!」
タダクニは「よし」と千明に向けて右手の親指を立てた。千明も同じ右手を返してくる。
「それでヤナギさんも文句ないよな?」
《あるわけないでしょう。それで決まりよ》
ヤナギさんの口調も弾んでいる。
「あ。そうなると千明。あと二週間もヤナギさんと一緒ってことになるけど……」
「ぜんぜん平気よ。だって守護霊でしょ。心強いじゃない。むしろありがたいくらいじゃない。ね?」
千明はヤナギさんがいると思われる頭上へ相槌を求めた。
いや、千明がよくても、オレとしては少し複雑なんだけどな。
ヤナギさんはおかまとは言え一応男なわけだし。
でも、それ以上に心苦しいのが……。
ごめんな、千明。
その、目の前で小躍りしてる人。
ホントは守護霊なんかじゃ、ないんだよ。




