先輩は僕のアイドル
半年前に出会ってから、ずっとあの人のことばかり考えている。
でも、僕の想いが先輩に……姫花先輩に伝わるとは思えない。
彼女は学園のアイドルだし、僕みたいな男にはもったいない美少女だからだ。
結城 姫花、僕より1つ年上の先輩だ。
学年も違うし、なかなか話す機会も無かったけど、半年前にとある部活へ入部したことで、先輩と話すきっかけが出来た。
それはこの高校でも人気のない部活動、文芸部だ。
と言っても、所属しているメンバーは6人ほどで、毎日部室に通っているのは、僕と姫花先輩だけだ。
残りの生徒たちは、幽霊部員。
つまり、その時間は僕と姫花先輩の二人きりの空間なんだ。
部室の扉を開くと、一人の少女がイスに腰をかけて、文庫本を読んでいた。
「あら、おつかれ。春樹くん」
「お、おつかれさまです! 先輩!」
「そんな固くしないでよぉ~ なんか私が怖い先輩みたいでしょ?」
「は、はい……」
「もういじわるな子ね。隣りに座る?」
「ありがとうございます!」
そう言って隣りに座ると、苦笑する姫花先輩。
「文芸部なんだから、上下関係とかないのに……」
「いや、でも姫花先輩は学年でもトップの成績ですし、スポーツだって上手じゃないですか!? みんなの憧れですよ!」
「ふ~ん。じゃあ春樹くんも、私に憧れてくれるの?」
「も、もちろんですよ! ずっと憧れています!」
「なら良いかな……」
と頬を朱色に染めて見せる先輩。
一体この人は何を考えているのだろう?
年上ということもあるが、いまいち彼女の性格が掴めない。
文芸部と言っても、特にやることは無い。
お互い好きな小説を持って来て、静かに読んで過ごすだけの地味な部活動だ。
だから、あまり会話が無いんだけど。たまにハプニングが起きることもある。
その日の天気は一日、晴れの予報だったのに。お昼になると激しい雷雨に変わってしまった。
僕は体育の授業を受けていたから、頭からずぶ濡れになってしまった……。
たまたまだけど、カバンの中にタオルが入っていたから、助かった。
その時に気がついたけど、姫花先輩は大丈夫なのだろうか?
部室に入ると、いつも通り姫花先輩がイスに座って、小説を読んでいた。
ある部分がいつもと違っていた。それは頭だ。
長い髪がびしょ濡れ……わかった。きっと僕と同じく体育の授業を受けていたから、体操服と一緒にずぶ濡れになったんだ。
でも、今はセーラー服に着替えているから、頭だけ濡れている。
「姫花先輩、おつかれさまです。びしょ濡れですね……」
「あら、春樹くん。本当、嫌になっちゃうわよ。急な雨って」
とびしょ濡れになった長い髪を触ってみせる。
そう言えば、僕が使ったものだけどタオルが鞄にあるんだった。これを先輩に貸せば、びしょ濡れになった髪も乾かせるかもしれない。
僕は勇気を出して、先輩にタオルを渡すことにした。
「あ、あの先輩! 良かったら、これ……」
そう言って、少し濡れたタオルを差し出す。
すると先輩はちょっと驚いた顔をしたけど、嬉しそうに微笑む。
そんな顔をするものだから、てっきり受け取ってくれると思ったのに、まさかの「ダメ」と断られた。
大好きな先輩に拒絶されたと思った僕は、落ち込んでタオルを鞄になおそうとしたその時だった。
先輩が叫び声を上げる。
「直しちゃダメ!」
「へ?」
思わずアホな声が出てしまう。
「ち、違うの! その……どうせタオルを貸してくれるなら、私の髪は長いから春樹くんに拭いてほしいのよ……」
と頬を朱色に染めている。
「僕なんかが先輩の髪を拭いて良いんですか?」
「うん……早くしてよね。風邪を引いちゃうわ」
「はい!」
これは現実なのだろうか? 僕があの姫花先輩の美しい髪に触れることができるなんて……。
先輩がいつも座るイスに腰を下ろすと、僕に背中を向けてきた。
ということは、触れても良いというで間違いない。
優しくタオルで先輩の長い髪を拭いてみる。
触れているだけなのに先輩の甘い香りが、こちらにまで伝わってくる。
このまま、時が止まってほしい。
「春樹くん」
いきなり僕の名前を呼ばれて、身体が固まってしまう。
「は、はい! なんでしょう!?」
「春樹くんって髪の触り方がとても優しいのね。まるでヘッドマッサージを受けているみたい……眠たくなっちゃうわ」
「そ、そうですか……」
なんてことだ!
姫花先輩に喜ばれているぞ! ひょっとして、先輩は僕のことを異性として見ているのでは?