【陸】暑春
__寒さもすっかりなくなった、暑春の昼下がり。
「…あつぅい…」
お狐様が境内の縁側にぺたりと横たわる。
春とは思えないほどの強い日差しが、木々の葉を通して肌に降り注いでいた。
「巫女服、こんなに熱がこもるものだっけ……」
耳も尻尾もふにゃりと垂れ気味。
団扇であおぎながら、青年に視線を送る。
「…ねぇ。それ、暑くないの?…」
青年はいつもと変わらず、黒い長袖のパーカーを着て
何時ものように参拝している。最近では掃除を手伝ったり、何かと管理をしているようで
「…暑い。けど、山道だからな。」
お狐様は団扇をあおぎながら、首だけを動かして、
青年に恨めしそうな視線を向ける。
「……俺に言われてもな。天気の責任者じゃないし。」
青年は拝殿から風鈴をひとつ持ってきて、
そっと縁側に吊るす。
からん、ころん__、と
風が通るたび微かな音が鳴った。
「いい音……風が鳴るだけで、少し涼しく感じるね。」
「そう言うもんだ。耳から涼しくなるんだよ。」
お狐様はあおいでいる団扇をぴたりと止め、
青年のほうに身体を寄せる。
「ねぇ…今日だけ…。氷、食べたい。」
「は?」
「だって、神様だって溶けそうなんだもん!」
青年は呆れたように笑って台所へと向かう。
__そしてしばらく後。
「はい。特製」
差し出されたのは、小さなかき氷。
粗く砕いた氷に、ほんの少しの甘酒と梅シロップが
かかっている。
「…神社味。」
「文句言うならやらんぞ。」
「言ってない!いただきます!」
お狐様はひと口食べて、ふわっと頬をゆるませる。
「…生き返る……」
「…神様、だったよな?」
「こう暑いと、神様も人間も一緒よ……」
風鈴の音がまた鳴る。
木陰の下、ふたりだけの涼やかな午後。
__お狐様は青年の肩にもたれながら、つぶやく。
「暑さも嫌いじゃないかも。あなたが氷くれるなら。」
「……来年はかき氷器、用意しとくか。」
「わーい!神の祭具に認定!!」
ふたりの笑い声が暑春の神社に心地よく響いた。