【肆拾】秘密の特訓
__まだ空がほんのり色づいたばかり。
山の向こうから朝の光が差しはじめた頃。
神社の境内には、すでに一人の姿があった。
「……よし。今日こそ“うまく出す”わよ。」
お狐様は、木立の前に立ち、
巫女服の袖を軽く結わえて腕まくりをする。
「まずは、火の玉。ちっちゃく、でもちゃんと“浮かせる”のよ……」
両手を胸の前に組み、瞳を閉じる。
空気の流れに、ふわりと狐火の気配が生まれる。
──ぼっ、と。
「わっ! 出た! ……けど……あっ、あっちに飛んで──あぁー!」
火の玉はゆらゆらと漂ったかと思うと、思い切り左に流れて樹の影にぶつかり、
「ボフッ」と小さな火花と煙を残して消えてしまった。
「……また曲がったわ。風のせいよ、きっと。」
すぐに頭をふりふりと振って気を取り直す。
「もう一回、もう一回……!」
何度も手を構え、何度も火の玉を出す。
小さいもの、儚いもの、時には大きくなりすぎて焦ることもある。
でも──全部、彼女の真剣な気持ちの現れだった。
「ふーっ……今日のところはここまで。」
額の汗をぬぐいながら、朝日を背にして小さく伸びをする。
「……まだまだだけど。
あの人に、少しは“神様らしくなってきた”って思ってもらえるように……」
ひとり言いながら、お狐様はくるりと踵を返し、
本殿の方へ戻っていく。
石段の下には、いつもの黒い髪の青年の姿が、ちょうど見えてきていた。
「……おはよーう。今日も早いのねぇ。」
「いや、今日はお前が早すぎるだけだろ。」
「ふふっ、内緒。朝の秘密活動ってことで。」
青年は、お狐様の背後の焦げた草やまだ煙る木の枝を見つめ、
「……また、なんかやったな」と呆れ顔で言った。
けれど、その顔は笑っていた。
早朝の神社とふたりの背中を包み込むように、陽の光が優しく照らしていた。




