【参拾捌】午後の雲形
__猛暑の朝を越えた、午後の昼下がり。
神社の境内の奥にある縁側でなにやらふたりは話しているようで
「風が少し……変わってきたな。」
青年がつぶやくように言う。
境内の木々が揺れる音が、心なしか軽くなっていた。
「うん、朝ほどジリジリしてないかも。」
お狐様は、今日は少し元気そうだった。
いつものように縁側でうちわを片手に、氷水に足を浸している。
「今日は涼しい風がくるって、天気の神様が言ってたのよ。」
「本当にいるのか?」
「いるわよ。ただ、ちょっとおしゃべり好きなだけで──
昨日なんて、『風が強くて洗濯物が飛んで困った』って愚痴ってた。」
お狐様はくすりと笑いながら、氷水につけた足を出したりしまったりして
「……神様も大変だな。」
「ね? わたしって意外と情報通なのよ。」
青年は苦笑しながら、持ってきたスイカの残りを一口。
「そういえばさ。」
「ん?」
「今年は“夏らしいこと”結構やった気がする。」
「たしかに……スイカ、かき氷、肝試し、線香花火……あと、あの暑さに負けて一日中だらだらした日も含めてね。」
「それを“夏らしいこと”に含めるのか?」
「大事なのよ。だらだらも。」
ふたりはしばらく黙って、
静かな境内に身を預ける。
遠くで風鈴が鳴って、
空にはもくもくとした雲が流れていく。
「ねぇ青年。」
「うん。」
「来年も、同じように“夏らしいこと”する?」
「……同じように、とは限らないけど──
きっと、また一緒にやれるよ。」
お狐様はふっと微笑むと、隣に座った青年の袖をそっと引いた。
「じゃあ、今日の“夏らしいこと”は──これ。」
彼女は空を指さす。
「昼寝をしながら、雲の形を見て、笑うこと!」
青年も空を見上げた。
「……あれ、カエルに見えるな。」
「ううん、あれは絶対、タヌキよ。」
「まさか。」
「じゃあ勝負ね。」
「また勝負か……。」
でも、その声はどこか楽しそうで、
どこまでも伸びていく空の下、
ふたりの夏はまだ、静かに続いていた。




