【参拾伍】小さな変化
__今日も、太陽がまっすぐ空に昇る。
境内の白石が陽射しをはね返し、
風鈴の音が涼しげに揺れている。
青年はいつものように、
掃除用具を持って石段をゆっくりと降りていた。
「……もう三人目か。」
今朝、参拝客がふらりと立ち寄って、
小さなお賽銭と手を合わせていった。
数か月前は考えられなかったことだ。
ぽつ、ぽつ、と。
だけど確かに、神社に人の気配が戻りつつある。
本殿の方から、鼻歌が聞こえてくる。
「んふふ~♪」
お狐様が、布で神楽鈴を拭きながら歌っていた。
「なんか、嬉しそうだな。」
「ふふっ。ね、気づいた? 最近少しずつだけど……人が来るようになったでしょ?」
「……ああ。きっと、お前の“神様らしさ”が伝わったんだな。」
「ちがうわよ。君が、毎日毎日ちゃんと通って、掃除して、お供えしてくれたから。」
彼女は、静かに鈴を棚に戻す。
「神様ってね。力を持ってるだけじゃ、人に見てもらえないの。
信じてくれる人がいて、初めて“神様”になれるのよ。」
「……見えてるのは、俺だけだけどな。」
「それでも、君が毎日ここに来てくれたおかげで、
あの鳥居の向こうに、“神様がいるかもしれない”って思う人が増えた。
──それって、ちょっと奇跡っぽいじゃない?」
青年は、ふっと笑った。
「奇跡ってほどじゃない。……でも、ちょっとは頑張ったかもな。」
「うん、頑張ったわ。」
お狐様は手をのばして、
彼の頭にそっと手を乗せる。
「神様に頭撫でられるって、ありがたいのか?」
「ありがたいに決まってるでしょ?」
「そうか。じゃあ、もうちょっと続けてくれ。」
「……ふふっ。」
青空はどこまでも続いていた。
風が木々を抜けて、境内をそっと撫でていく。
ふたりの夏は、少しずつ、実を結びはじめている。
これからも変わらず、変わりながら。
──そんな日常が、今日も続いていく。




