【参拾参】暑夏のふたり
__今日は朝から、陽射しが強かった。
境内の石畳は白くまぶしく光り、
蝉の鳴き声が、まるで空気を振動させるように響いている。
「……朝から、もう夏全開だな。」
境内の掃除をしながら、青年は手ぬぐいで額をぬぐった。
ふと本殿の方を見ると──
お狐様が日傘をさして、団扇をぱたぱたと扇ぎながら歩いてくる。
「ふふっ。今日の天気、
“焼け石に熱湯”って感じね!」
「そんな表現あるか?」
「あるの! 神様流の言葉遊び!」
彼女はすっと日傘を差し出した。
「はい、これ半分こ。ちょっとは涼しいでしょ?」
「……半分こって、どっちが濡れるんだよ。」
「もちろん、君。」
冗談めかして笑いながら、
お狐様は氷水で冷やしておいた麦茶を縁側に並べた。
ふたりは日陰に座って、息を整える。
「今日はなにしよっか?」
「……なにもしなくてもいいんじゃないか。暑いし。」
「だめ。せっかくの夏だもの。
“夏っていう時間”をちゃんと使わなきゃ。」
「なんだよその哲学……」
とはいえ──
ふたりはなんとなく、風鈴を拭いたり、
神社の柱を磨いたり、
時折お互いにうちわで風を送ったりしながら、
静かな時間を過ごした。
午後。
お狐様が持ってきたのは、大きなスイカのうちわと、手作りの塩飴。
「はい、これで“夏仕様”。」
「やけに準備いいな。」
「神様ですから!」
夕方。
空の端に入道雲が立ち始め、風が少しだけ涼しくなった。
青年が木陰に寝転がると、
お狐様が隣に座り込んできて、扇子で風を送ってくれる。
「君、今日もがんばったわね。」
「お前こそ。」
「ふたりで暑いのは、ひとりよりずっとましよ。」
蝉時雨がやや弱まり、
鳥の声が遠くから聞こえてくる。
何も特別なことはしていない。
でも、ふたりにとっては確かに“忘れたくない夏の一日”だった。




