【参拾】ふたりの夏
__朝。
いつもより早く目を覚ました青年は、
蝉の声で「季節の境目」を感じていた。
「……鳴いてるな。」
どこか遠くで、にぎやかに、夏が自己主張している。
神社の境内に着くと、すでにお狐様が境内を走り回っていた。
「ついに、来たわよ!」
「何が?」
「夏! この空、見て!」
見上げれば、どこまでも青い空。
昨日までの鈍い雲はすっかり姿を消し、
真っ直ぐな陽射しが葉を透かしていた。
「梅雨、明けたんだな。」
「うん。だから今日は、
“あなたとの夏、はじめましての日”よ!」
彼女はそう言って、いつもの巫女服の袖をまくり、
水桶を持ってきた。
「掃除よ! 水撒きよ! 夏の準備、全力開始!」
「……なんかテンション高くないか?」
「夏ってね、“心がうずうずする季節”なの。」
ふたりは手分けして、参道に水を撒き、
本殿の木の戸を開け放ち、風を通した。
あれだけ長かった雨が嘘のように、空気は澄んでいた。
陽射しはまぶしく、暑い。けれど、不思議と気持ちがいい。
お狐様は水撒きの合間、桶の水を青年の足元に「ばしゃっ」と。
「……おい。」
「だって暑いでしょ? 涼しくしてあげたのよ?」
「なら仕返ししても文句言うなよ。」
次の瞬間、互いに桶を持って境内を駆け回る。
笑い声が、夏空の下に響く。
やがて落ち着くと、ふたりは縁側に腰を下ろし、
冷たい麦茶を分け合った。
「夏って、なんか特別な時間に感じる。」
「そうね。
でも今年の夏は──もっと特別よ。」
「なんでだ?」
「だって、あなたと一緒に迎える“初めての本当の夏”だもの。」
青年は麦茶の湯呑み越しに、お狐様を見た。
照れもせず、彼女はまっすぐな目で笑っていた。
──そう、ふたりの夏が、始まる。
どんな暑さも、どんな日差しも、
一緒にいるだけで全部“思い出”になる。
それが、ふたりの新しい季節の始まりだった。




