【弐拾玖】夏、迫りて
__燦々と照らす太陽を、灰色の曇が覆う日の朝。
梅雨の雨は止んだわけではない。
けれど今日は、ふわりと風が通り抜け、
空には薄く光が差していた。
灰色の雲の向こうに、うっすらと夏の気配がにじんでいる。
「今日は、ちょっとだけ暑いわね。」
縁側でほうきを手にしたお狐様が、額にかかった髪をかき上げる。
「風が出てきた。梅雨もそろそろ終わりかもな。」
青年は脚立にのぼり、本殿の軒先に吊るしてあった風鈴を拭いていた。
「夏支度、始めないと。」
「やることがたくさんね。提灯の張り替えもあるし……」
「草むしりも。」
「えっ、やってくれるの?」
「……できる範囲で。」
ふたりは目を合わせて笑い合い、
それぞれの“夏の準備”を静かに始めた。
お狐様は社務所の奥から赤や青の布を取り出し、
古くなったのぼりを手縫いで補修する。
青年は井戸の水で手ぬぐいを濡らし、神楽鈴を磨いていた。
手元が不器用でも、ゆっくり時間をかけて磨き上げる。
「こうやって手入れするのも、わるくないな。」
「丁寧にすれば、ものも気持ちも整うの。」
曇り空はいつのまにか少し明るくなり、
境内の紫陽花が淡く光っていた。
ふたりは途中で、休憩に麦茶を飲んだ。
お狐様は甘い梅干しを口に含み、青年は団扇でそよそよ風を起こす。
「夏が来るの、楽しみね。」
「……毎年暑いのは苦手だけどな。」
「でも、ふたりなら乗り越えられるでしょ?」
青年は少し目を細めて、頷いた。
「……ああ。」
その言葉の先にある夏は、きっと騒がしくて、まぶしくて、
だけどなにより、楽しくて温かい。
ふたりの夏が、もうすぐ始まろうとしていた。




