【弐拾漆】肝試し
──雨上がりの夜。
空気はまだ湿っていたが、境内の木々は揺れず、虫の声がちらほらと響いていた。
空を見上げれば、分厚い雲の隙間から月がぼんやりと顔を出している。
星はまだ見えないけれど、今夜は“雨ではない”。
「……というわけで。」
お狐様は、手に提灯を掲げながら言った。
「今日は、肝試しをしましょう!」
「お前が言い出すんだな、そういうの。」
「だって、こんなに静かなんだもの。
ちょっとくらい、背筋を涼しくしたくなるでしょ?」
「いや、まだ梅雨明けもしてないんだが……」
「細かいことは気にしない!
ほら、この提灯持って、あっちの山道をひとりで歩いて──
“戻ってくるまでに怖いものを見たら報告”ってルールで!」
「……俺が先か?」
「もちろん。わたし、神様ですから。怖がりませんから。」
青年は苦い顔をしながらも、
お狐様のにやりと楽しそうな顔に押されて、提灯を受け取った。
「じゃあ、10分で戻らなかったら探しに行くわね。」
「帰ってくる気なくすなよ。」
──夜の山道は、昼間とはまるで違う。
雨に濡れた石畳がぬらりと光り、
葉の擦れる音が異様に大きく響く。
だが、青年はただ黙々と進んだ。
「……怖くないってわけじゃないけど。」
彼の脳裏には、後ろで笑っていたお狐様の顔が浮かんでいた。
「肝試しで一番怖いのって、
“帰ってきたら誰もいない”とかだよな……」
と、そんなことを口にした瞬間。
──「ふっふっふ……戻ってきたかい?」
「うおっ!?」
境内の鳥居の下に戻った瞬間、
薄暗がりの中で白い影が立っていた。
「ふふっ…」
「わたし。神様の仮面もーど。」
お狐様は自分の顔を紙の狐面で隠して、
ふわりと浮かび上がるように立っていた。
「や、やりすぎだろ…!」
「ふふふ、でもちょっとは“肝”冷えた?」
「もう二度と行かん……」
そう言いつつも、青年の顔にはどこか笑みが浮かんでいた。
提灯を戻して青年を縁側に誘う。腰を下ろして、火鉢に火を灯す。
「ほら、お茶淹れるわね。」
「……ほんとにお前、神様か?」
「神様だからこそ、
こういう“遊び”も心得てるのよ?」
雨が止んだあとの夜空に、
一筋の星が見えていた。
ふたりの声は、
しんと静かな夜に、心地よく響いていた。
──それは、
夏の入り口でふたりが共有した、小さな肝試しの思い出。
ちょっと怖くて、ちょっと楽しくて、
少しだけ距離が近づく、不思議な夜だった。
__肝試しの日から少しだけ前の日。
「ねぇ、もーどってなに?」
少し前の新聞を拾ってきた。
特撮特集に書いてあった横文字が気になるらしい。
お狐様は、ときどき風に飛ばされてやってきた古新聞を読んで、青年に意味を聞いていた。
「んー。モードか、簡単に言えば姿が変わることだな。」
「例えば?」
「んー。桜の木が春に花を咲かせるのが春モード、緑の葉っぱになるのが夏モードって感じかな。似た言葉ならバージョン、と言ってもいい。」
「ばーじょん…やっぱり横文字は難しいわね。」
お狐様は耳をへたりと倒してうーんと、考え込んでしまう。その様子を見て青年は自然に笑みをこぼしていた。




