【弐拾伍】雨脚の音
──今日も、また雨だった。
昨日も、一昨日も、その前も。
空は重たく、風は生ぬるく、
境内はしっとりと濡れ、静寂に包まれている。
お狐様は、本殿の奥に腰を下ろしていた。
少し薄暗い室内には、ぽつぽつと屋根を打つ雨音だけが響いている。
火鉢にくべた炭が、ぱち、と音を立てて弾けた。
「……退屈ね。」
ぽつりとつぶやいて、扇子でゆるく風を送る。
湿った空気に尾が重たく感じる。
耳の先にまとわりつく霧のような気配に、思わず身をふるわせる。
神社に訪れる者は、ほとんどいない。
参道は滑りやすく、山道は霧に包まれ、
ただ鳥たちの声すら、今日は控えめだった。
それでも──
お狐様は、立ち上がる。
白足袋を履いた足で、ぬれた縁側に出る。
袖をそっと押さえて、軒下の先に手を伸ばす。
ぽつ、ぽつ。
雨粒が掌に落ちる。
「……止まないわね、ほんとに。」
声に出すと、なんとなくその静けさが際立つようで。
思わず自分で苦笑する。
「でも──」
目を細めて、視線を遠くへ向けた。
鳥居の向こう、雨にけぶる山の木々。
雨粒を受けて深く染まる緑。
紫陽花が重そうに首を垂れて咲いている。
「この雨が、君を連れてきてくれたんだったわね。」
誰にともなく、そうつぶやく。
あの日の、出会いの雨も、こんなふうにしとしとと降っていた。
あれから幾度も季節が巡ったけれど──
梅雨の雨だけは、あの頃の匂いをそのまま残している。
「……ふふ。会いたいわね、またすぐ。」
そう言って、彼女はひとり、
濡れた廊下に腰を下ろし、頬杖をついて雨を眺めた。
ぴくっ…
お狐様の耳がぴくりと動く、雨音の中になにかが聞こえる。
ぴちゃぴちゃと音をたてながら、こちらに向かって走ってきた
「わるい、遅れた。」
「もう、遅い」
「急に降ってきたから、急いできたんだ。早いほうさ。」
それを聞くと、お狐様はむっとした顔をして
少しだけ視線をそらす。
「雨が降らなかったら…急いで来なかったの?」
「違う。急いで来たから、傘を忘れた。」
「ふふっ…」
「あなたって少しバカよね…」
「うるさい。」
くすりっ、そう笑うとお狐様は青年に視線を戻す
いつものいたずらな笑顔になって
それを見た青年も少し嬉しく微笑む。
雨は今日も変わらず降り続けている。
でも、心の奥には一筋、温かい光のようなものが灯っていた。
それが、
“ひとりぼっちじゃない”ということの、
確かな証だった。




