【弐拾弐】雨鳴り
__雨は止まない。
朝からずっと、空は白く、境内には霧のような雨が降り続いていた。
軒先からは何本もの雫が糸のように垂れ、
手水鉢の水面には絶え間ない波紋が広がっている。
青年は、今日は傘をささずにやってきた。
髪から滴る水を拭いながら、本殿の屋根の下に滑り込む。
「……びしょ濡れだぞ。」
「分かってる。でも、歩いてたら気持ちよくて。」
縁側では、お狐様が小さな炭火の上に鉄瓶をかけていた。
「この雨がずっと続くのも困るけど──
雨の中って、なんだか“自分と向き合う時間”って気がするわよね。」
青年は濡れた髪を手ぬぐいでふきながら、
傍らに腰を下ろした。
「でもこっちは向き合うほど中身がない。」
「それなら、わたしが“中身”を詰めてあげる。」
「なんか怖い言い方だな。」
お狐様はふっと笑うと、ふたり分の湯呑みにお茶を注いだ。
梅雨の季節には、ちょっと酸味のある山の梅茶を──
それは昔、村人がこの季節になると納めてくれたものだった。
「ねえ、今日は何もしなくてもいい?」
「構わない。」
「じゃあ、今日は“雨の音を聞くだけの日”ってことにしましょう。」
──そう言ってふたりは、言葉を少しだけ手放した。
時折、雨脚が強くなると屋根を打つ音が変わり、
風が通ると風鈴が鳴り、
紫陽花の花がふわりと揺れた。
湿気で少し重たい空気のなかで、
ふたりの時間だけがゆるやかに流れていく。
お狐様は、時折青年の横顔を盗み見ては、
言葉にはしないまま、何かを確かめるように微笑んだ。
青年もまた、
傍らで耳を澄ませているお狐様の姿を見て
「この静けさも悪くないな」
──雨音が語るのは、言葉にならない想いのかたち。
この季節だからこそ、
何も言わなくてもわかり合える日が、そこにある。




