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【弐拾】琴の詩


__雲の切れ目から光が降り注ぐ、曇りのある日。


お狐様は本殿横の廊下の隅で、古い琴を弾いていた。


「…とおりゃんせ〜。とおりゃんせ〜。

こ〜こは、ど〜この細道ぢゃ〜?…お狐様の細道ぢゃ〜。」


琴の音に合わせて、お狐様の歌声が、本殿から外へと響いていく。

音を奏でるたびに、狐の耳はぴくぴく。尻尾はくるり。

森の子鳥達は、本当の童のように音に合わせて歌っている。


「行きはよいよい、帰りは、こわい。

こわいながらも〜とおりゃんせ〜とお〜りゃんせ〜」


歌い終わると同時に、琴の最後の弦を弾く。

ふぅ…と小さく息をつくと、森の方から小さな拍手が。


「やるじゃないか。弾けたんだな、琴。」


お狐様がぴくぴくと耳を動かして、顔を横に向けると、

心地よさそうに聴いていた、青年が、ゆっくりと目を開く。


「…いつからいたのよ。」


「ノッてきたあたりから。」


「そう…って…ばか!来たなら来たっていいなさい!」


気持ちよさそうに大きな声で歌っていたのを聞かれて、

お狐様は顔を真っ赤にしながらむっと表情を見せる


「わるいわるい。気持ちよさそうだったからな。

止めるの忘れた。」


「…ほんと、都合よく来るんだから…。」


「でも、君の唄。良かったよ。」


「…当たり前よ。神様は芸舞両動なんだから…」


ムキになって鋭い眼つきをして、口元もむっと膨らます。けれども、耳はぴくぴくと動いていて、尻尾もくるりと弧を描く。


「あなたは弾かないの?」


「いいや…苦手なんだ、こう言うの。」


「…ふふ。なら教えてあげる。」


お狐様は立ちがあって、青年の手を引くと、

琴の前に座らせて、自信も、後となりに座る。


「お、おい…俺こういうのは…」


「大丈夫よ。そうね…季節外れだけど、最初はあれね。

…手の位置は…そう…背筋伸ばして。」


「…こうか?」


「うん、悪くないわ。そのまま…はい。さ〜く〜ら〜

ほら、あなたも歌いなさい?」


「え…俺もか?」


「当たり前じゃない。声に出したほうがすぐ覚えるわ。さん、はい。」


「…さ、さ〜く〜ら〜」


青年は顔を赤くしながら、お狐様様の手に合わせて、自分も弾く。2人で、声と動きを合わせながら。


__ひとつ、またひとつ、音を奏でる。


琴の音が再び、森の中の神社を響く。

お狐様は真剣そうに、でも口元は少し緩んで。

青年はそんな横顔を、奏でる指先と交互に見ていた。


「い〜ざ〜や〜、い〜ざ〜や〜み〜に〜ゆ〜かん〜…」


ふたりは最後の一音まで一緒に奏でた。

最初はぎこちない動きも、終わりに近づくにつれて

息が合っていく。


「…意外と、悪くないな。」


「でしょ、いい音が出ると気分がいいの。」


未だに恥ずかしそうな顔をする青年を見て、

優しい顔でお狐様は微笑む。


顔が赤いのは、歌が苦手だからだけじゃない。

そう感じつつも、何処か今の空間が心地よくて


「…楽しいな。」


「うん、私も。」


昼食を食べるのも忘れて、ふたりで琴の音を楽しんだ。

琴の音と、ふたりの笑い声が、風に乗って。


どこまでも、どこまでも、響き渡っていく。


「あなたが来てから、もうしばらくになるわね。」


「確かに、そうだな。」


青年はこれまでの出来事を思い出した。お狐様のことがたくさん思い浮かんできて。

はじめは全く信じて居なかった存在が、今はこんなにも身近に感じる。


「あの時の俺は、ふたりで琴を引くことになるとは、思わないんだろうな。」


「……ふふ。誰かが”ノッてる”ところを覗かなければね。」


「…っ。こいつ。」


ふたりはお互いにムッとした目線を送り合うが、

口元はくすりと笑っていて。


「…ねぇ。」


「なに…?」


「明日も…来るわよね。」


「今さらだな。」


「心配したの。ちょっとだけ。」


青年の顔を横に見ながら、なんだか心配そうな顔で。

青年が来てからしばらく経つ。毎日がなんだか楽しい。そんな日常がお狐様にも当たり前で。


だからこそ、そうでなくなるのが急に怖くなったのかもしれない。



「また、琴を教えてもらわないとな。」


「…っ。」


「…し、しょうがないわね。ちょっとだけなら…教えてあげる。」


心配そうな顔をするお狐様を青年は安心させるかのように、そっと言葉をかける。


かけられたお狐様の耳はぴくぴくと嬉しそうに動いて。尻尾も揺れながらくるりと弧を描く


「でも、稽古はご飯の後。あなたを神様の給仕役に任命します!」


「そういえば…もう昼すぎか。わかったよ。」


「わーい!私も手伝う!今日はごちそうね!」


嬉しそうにはしゃぐお狐様を、青年は安心したように見つめる。


お昼を過ぎても続いた演奏会は、ふたりのお腹の音を合図に幕を閉じて。


ふたりは仲良く離れの台所まで歩いていく。

境内をふたりの話し声が響いている。


廊下の隅に置かれた琴に、

夏を告げる新緑の若葉が、ぱさりと被さった。


涼しい夏山の風が若葉を揺らし、若葉が琴の弦を引く。


ふたりのこえと琴の音が、涼しい風にまたがって

遠くへ、遠くへと。夏の訪れを知らせていった。

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