【拾捌】風鈴
__神社の屋根裏をお日様が絶えることなく照らす日の昼。
「……暑くなってきたな。」
青年が汗をぬぐいながら、拝殿のすだれをかけ直していた。
「毎年思うけど、春が終わるのって急すぎるのよね。」
お狐様は縁側に腰を下ろし、扇子でぱたぱたと扇いでいる。
髪は高めに束ねられ、巫女服の袖も少しまくっている姿は、どこか涼しげだ。
「蚊取り線香、去年の残りがあったけど……しけってるかも。」
「俺があとで新しいの買ってくる。」
「頼りにしてるわ。
……それと、風鈴もそろそろ吊るさないと。」
「前も吊るしてたよな。風鈴。」
「そうよ。でもちょっとした理由がね。」
お狐様は立ち上がり、倉庫の戸を開けて風鈴の箱を取り出す。
中からは、青いガラスのものや、金魚の絵が描かれた陶器のもの、
そして少しかけた竹のものまで、個性豊かな風鈴が並ぶ。
「これね、昔この神社を訪れた人が奉納してくれたものなの。
わたしは、全部覚えてるわ。」
「へえ……なるほどな。全部音が違うんだな。」
「うん。鳴らしてみて。」
青年がひとつ取り出して、そっと指で弾くと──
高く、かすかな音が境内に響いた。
「……なんか、落ち着くな。」
「でしょ? 音って、記憶に響くのよ。」
お狐様は少し懐かしそうな顔で微笑んだ。
──そのあとふたりで軒先に風鈴を吊るし、
打ち水の用意をして、麦茶の器を取り出し、
かき氷器の掃除をして、虫よけの葉を軒下に干して──
少しずつ、夏を迎える準備が整っていく。
「これで、だいたい完了……かな。」
「夏が来ても、いつもの日々は変わらないけどな。」
「それがいいのよ。
変わらない“日常”の中に、ちゃんと季節があるって──
それがいちばん、豊かなことだと思うから。」
お狐様の言葉に、青年はうなずく。
──こうして、ふたりの神社は少しずつ「夏のかたち」に近づいていく。
風が吹いた。
吊るされた風鈴が、一斉に揺れて、小さな音を連れてくる。
その音はまるで、これから訪れる“夏の日々”を予告するようだった。




