【拾壱】願いと祈り
──それは、暖かな風が神社の石段に花びらを運んできた午後のこと。
神社に一人の少女がやってきた。
まだ小学校にも上がるかどうかという年頃で、小さな手に小さな袋を握りしめていた。
青年はちょうど掃除をしていたが、気づいて声をかける。
「こんな山奥に一人で来たのか?」
少女は小さくうなずいた。
「おかあさんが病気なんです。
……神様にお願いしたら、治るって、
おばあちゃんが言ってたから……」
青年は言葉に詰まった。
この神社の神様は──
「……失敗も多いんだけどな。」
お狐様が、後ろから現れた。
いつものように巫女装束の袖を揺らしながら、少女の前にしゃがみ込む。
「でもね、ちゃんと聞いて、ちゃんと祈って、
心を込めてお願いすれば、
神様もできる限り、頑張ってみようって思えるんだよ。」
少女はお狐様の長い橙色の髪と、揺れる尻尾に目を丸くした。
「ほんとの……神様……?」
「うん、“たぶん”ね。」
そう言って、少女の手から小さな袋を受け取る。
中には、折り紙で作った手紙と、飴玉が一つ。
「これは、おそなえ?」
「……あたしの大事なやつ。」
お狐様は少しだけ目を見開き──
その後、ふわりと微笑んだ。
「ありがたく、いただきます。」
少女は笑顔になって、お願いしますと手を合わせると
神社から帰っていく。
「…あの子。君のことが見えてたみたいだが。」
「きっと、とても清らかで純粋なのよ。
お母さんの為に…一生懸命で。」
「…できるのか?」
「……わからない。…でも、やってみる。うまくできるか…わからないけど、あの子みたいな、人の願いを叶えるのが”ほんと”の神様だもの。」
そしてその夜、静かな拝殿で、お狐様は少女の願いを抱いて祈った。
力は完全じゃない。
けれど、願いを“伝える”ことはできる。
山の風と、古の神の気配を辿りながら、
お狐様は静かに、慎重に祈りを編んでいった。
青年は少し離れた場所で、祈る姿を見守っていた。
──翌週、また少女が神社を訪れた。
「あのね、おかあさん……少しだけ、よくなったの!」
そう言ってにこにこ笑う少女に、お狐様は優しくうなずいた。
「それは、君の願いが届いたんだね。」
「神様のおかげ?」
「……一緒にがんばった、ってことで。」
少女はもう一度お狐様に手を合わせると、
また飴玉を一つ、おそなえに置いていった。
青年がぽつりとつぶやく。
「君、今回は失敗しなかったな。」
「ふふ……たまには、ね。」
そう言って笑うお狐様の顔は、どこか誇らしげだった。
──誰かの願いは、確かに小さな神社で、ひとつ叶えられた。
その日は、ふたりにとっても、
“神様であること”と“そこにいる意味”を思い出させてくれる、特別な日となったのだった。




