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氷の貴公子は婚約者と素敵な恋がしたい

針子令嬢の別視点 エレンは転生者とかではない完全に現地人


私が婚約者であるマーガレット・クレアシオン伯爵令嬢に特別な好意を抱いていることを自覚したのは、実のところ劇的なきっかけあってのことではなかった。婚約してから互いを知るための逢瀬の中で、ふっと私は彼女を好いているのだと気付いた。それがいつからのことかはともかく、自分は彼女に対して世に恋情と呼ばれるような情を抱いているのだと腑に落ちた。それだけのことである。

婚姻を申し込んだ時点では、そこまでの好意ではなかったのは確かだ。ある意味で消去法にも近かった。私と年の近い令嬢の中で、私に情欲の混じった視線を向けず、さりとて他に心に決めた相手がいるわけでもない、そして私自身が好ましく思える女性。マーガレット嬢はそんな相手だった。これからの人生を共にすることになる相手なのだから、お互いに好意を持てる相手の方が良い。それくらいの動機だった。

家同士のつり合い及び婚姻を結ぶことにお互いメリットがあったこともあり、婚約はすんなりと結ばれた。私が嫡男で彼女が次女であることから彼女がロッドユール家に嫁いでくることも明白だった。問題は(このようなことが問題になるのは誠に遺憾だが)父上が彼女に余計な手を出さないかということだった。両家の顔合わせの後には美しいと評判の姉妹ではなく地味な次女なのかと不満そうにしていたが、心変わりするかもしれない。否、彼女は本気で着飾れば姉妹と負けず劣らずの美少女なのだということを彼女のデビュタントの時の姿を覚えている者は知っている。ならば、私の隣に立つ時に公爵家の婚約者として相応しい装いをしてくれればそれだけで彼女を地味だの華がないだのいう者はなくなるだろう。勿論父上も。

情けないというか、悍ましいことに、父上は色欲が旺盛すぎる。母上が自分一人では相手しきれないと見て愛人を見繕うことを黙認するくらいだ。その上で、父上には見境というものがない。血縁であろうが、男だろうが、見目が好みに合えば支配し組み敷こうとする色狂いだ。一応、外では自重するくらいの自制心はあるらしいが…家の"中"では一番権力があることもあり、好き勝手している。使用人もあまりに年若すぎる者や一切父上と顔を合わせない者以外は何のちょっかいも受けたことのない者は少ないようだ。我が父ながら正気を疑う。だが、ロッドユール家は代々そういう傾向があるらしい。それも、宝石眼…魔眼を持つ者ほど強く。ロッドユールの魔眼は先祖の受けた妖精の祝福に由来するものだから、恐らくその悪い面ということだろう。つまり私もあのようなことになる可能性があるということになる。全力で否定したいが。

ともかく、私は最低限、婚姻を結んだ後に父とは別居するつもりだったし、可能であれば父がこれ以上己の力を悪用しないよう対処したいと考えていた。


考えるべきことは他にもあった。異母妹であるローズマリーのことだ。あの子は今年がデビュタントの年である。そして異母きょうだいの中で唯一の宝石眼…魔眼が発現している。私よりも魔力が高いかもしれないくらいだ。何故父の産ませた異母きょうだいの中であの子だけが、と考えると…突き詰めると醜聞にしかならなさそうだからともかく。

父上はローズマリーの出生届を出していない。せめて母親に私生児として届を出させておけばマシだったのだが、あの子には戸籍がない。国にとっては存在しない人間だということだ。魔眼がそんな状態になっていると後から知れた日には謀反の意思があるととられかねない。だから、あの子には立派なデビュタントを迎えさせてやるべきだろう。どちらにせよ、あの子は安易に余所に嫁がせることもできない。

そうだ、マーガレット嬢にあの子のドレスを用意するのを手伝ってもらえないだろうか。私一人の判断でローズマリーに似合うドレスを用意するのは難しいが、彼女はそういうことが得意らしい。下手に仕立て屋を雇えば情報の管理に不安が出るし、素敵なドレスを仕立ててくれた相手となればあの子も彼女に好印象を持つだろう。後々にはなるが、彼女にローズマリーや他の異母きょうだいのことなども話すことになるだろうし。一石二鳥というやつだな。


ドレスのデザインについて真剣に考えているマーガレット嬢はとても生き生きした顔をしていて、可愛らしかった。彼女は本当に服飾について考え作り出していくのが好きなのだろう。そういえば婚姻を申し込んだ時の協議で結婚後も彼女は針仕事などをすることを認めてほしいという話があったな。勿論私は止めるつもりはない。私が当主となれば公爵夫人として務めるべき仕事なども増えるだろうが、マーガレット嬢の趣味を私が否定することはないだろう。息抜きや楽しみというものは大切だ。それが人道に悖るものであったりしたら困るが…彼女の趣味はいたって健全で、なんなら人の役に立つものだ。否定されるものではない。まあ、彼女は社交界で針子令嬢などと揶揄されているから気にしてしまったのだろうが…。彼女がああして揶揄する言い方をされるのは自分で針仕事をすること自体が原因というわけではない。折角の美しいドレスを自分で着て現れることがないからだ。針子というのは作る者というより、作っても自分でも着られない者、という揶揄である。ある意味でクレアシオン家自体への侮辱でもある。彼女が気付いているかはわからないが。いや、多分気付いていないのだろう。気付いていたら、彼女はそのままにしておかないはずだ。彼女は家族を愛しているのだから。

ともあれ、彼女が地味なドレスを着て壁の花をするのを止めればなくなる呼び名ではある。恐らくその時には夜の妖精とあだ名されるようになるだろう。



ロッドユールにかかっている祝福は子孫繁栄

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