90.悪役令嬢はガラスの薔薇と殺される
本日は2話投稿しています(これが2話目)。
前話未読の方は、ご注意ください。
サラと別れた後、移動中の馬車の中で、アイスローズは気になっていたことを尋ねてみた。
「ずっと気がかりだったのですが……社交界デビューの日、レストランで怪盗キツネからされた内緒話は、何だったんですか?」
「ああ、あれか」
エドガーはさらりと教えてくれた。
「モルガナイト王国で、フロール王女の『照合印』が売り買いされたことの知らせだった。外交ネタになるから、モルガナイト王国も情報公開に慎重だったようだ。結果的に早くリドリーを追うことが出来たから、とても助かった。どうやって情報をキツネが入手したかは、知らないが」
(なるほど……キランが)
もしかしたら、モルガナイト王国の公安貴族エドモンド・ウェーバーが仕入れた情報かもしれない、なんて思う。
✳︎✳︎✳︎
そうこうしているうちに二人が辿り着いたのは、小さな一軒家の「工房」だった。
「エドガー様、ここは?」
「指輪工房だ。見かけて、いかにも君が好きそうだと思った。あの日……止血をしてくれた御礼に、アイスローズにアクセサリーなどを贈りたかったが、そういうものは好みがあるから。いっそ作ってみてはどうかと思ったんだ」
素材はプラチナから金、銀、ピンクゴールドなど10種類、表面加工も選べる。熟練したジュエリー職人がいるが、彼らはサポートのみで、あくまで客が指輪を作成するという。
木目を生かした工房の机の上には、木づちやら材料が並んでいて、もう何から何までアイスローズのツボでしかない。
職人からは、お互いに作ったものを贈り合うことをおススメされた。カップルだけでなく、友だち、ファミリーにも、そのコースがダントツ人気らしい。
「御礼なんていりませんよ」と言いかけていたアイスローズだが、即答する。
「素敵すぎます! エドガー様、よろしければ、贈り合いをやってみたいです!」
お互いに贈るならば、気兼ねもない。
エドガーが身につけるなら、髪色と同じゴールド素材が良いかと思ったが、彼は意外にもプラチナがいいと言う。
「プラチナもお似合いになるとは思いますが……何故ですか?」
「アイスローズの髪の色だから」
間髪入れずに答えるエドガー。予期しない答えに、アイスローズは赤面して固まってしまう。
「……酔ってますか? お酒は20歳からですよ」
「何故。思ったことを言っただけだ。完全なるシラフだし、私が酔うのは赤ワインだけで、それ以外はなんともないぞ」
王太子の立場上、自身の弱みは把握する必要があり、赤ワインの香りが苦手と気づいてから、様々なお酒でテストしていたらしい。しかし、酔うのは赤ワインだけだった、と。
細い棒状になっている金属を、指のサイズに合わせて切断する。それから熱を入れて柔らかくし、曲げる。端と端を溶接するのだ。出来上がった歪んだ輪を、木の棒に刺して木づちで叩き、綺麗なリングにする。
アイスローズは手先の器用さに自信があったが、エドガーも負けていない。それぞれ熱中し、あっという間に時間が過ぎて行く。
アイスローズが作ったエドガーの指輪は、プラチナを平打ちし、一部マット加工(ツヤ消し)にした。中心には一つ、小さな青緑色の宝石が埋め込まれている。アイスローズ会心の出来だ。
対して、エドガーが作ったアイスローズの指輪は、ゴールドと赤色のエレミアン・ガラスの組み合わせだった。エレミアンガラスはカットの出来によって、宝石と同じか、それ以上の価値がある。そして、そのガラスのはめ方が特別だった。指輪のセンター部分が捻られ、ワインレッドのエレミアン・ガラスを中心にして、薔薇が一輪咲いているように形作られていたから。
「綺麗……」
アイスローズは思わず感嘆する。
自分用の指輪と、そんなアイスローズを見て、エドガーも嬉しそうだ。
最後の仕上げを職人にしてもらっている時間、工房の片隅でお茶を飲ませてもらった。
「来週は学園祭だな。代休によければ、また出かけよう。行きたいところはある?」
「そうですね……今までご一緒したところをまた巡るというのも、楽しそうですね。リバーサイドカフェとか、船見パークとか。植物園に……あ、行き損ねたという意味では、ローマン・ラグーンがありましたね」
「ーーゴホッ」
エドガーはモロにむせた。しかし、お茶は一滴たりとも溢していない。さすが、無敵の主人公。
アイスローズは自分のせいで、春の遠足にエドガーが行けなかったことをまだ気にしていた。
「……その時は貸切だな」
エドガーの呟きはアイスローズに聞こえていない。
「そういえば、アイスローズは赤い薔薇一輪の意味は知っている? 去年の春のガーデンパーティーの記念品もガラスの薔薇一輪だったが、あれは国のしきたりだ。しかし、今回の指輪は『私の意思』だから」
何故か、強調するエドガー。アイスローズは首を傾げる。
「いえ、知りません。何ですか?」
「暇な時にでも、調べてみて欲しい」
意味深に笑うエドガーは、やがて真剣な表情になった。
「あの時計塔で言ったことは、全部本当だ」
(……!)
突然の切り込み発言に、目を見開くアイスローズ。
エドガーは少し改まったように向き直り、アイスローズを見つめた。
「私はアイスローズが好きだ。そしてそれ以上に……君を大切に思っている。君のやりたいことを守りつつ、かつ今回のリドリーのような事件が二度と起きないように……ーー婚約に至るまでに、王太子としてやるべきことは山積している。だけど、それでも」
一瞬伏せた瞳の青緑色が、いつもより深い。
僅かに浮かんだためらいは、直ぐに決意の色に変わった。
「私には、アイスローズしか見えない」
こんなこと、ちょっと前までなら言われても信じなかった。そんなことありえないって。何から何まで自分の勘違いだって。
何なら今日も少しだけ、あの時計塔でのこと自体、夢だったんじゃないかって。
(でも、今は)
これだけの熱いことを言い切っておいて、今更エドガーは赤くなっている。自分のセリフに照れているようだ。あの日、もっと凄いことを言っていたくらいなのに。
アイスローズの胸は、愛おしい気持ちで一杯になった。
エドガーが目の前で返事を待っている。
他の誰でもない、アイスローズの返事を。
「……私は」
先を急ぐ気持ちを抑えるように息をのみ、言葉を繋ぐ。伝えたいのに、溢れる感情が喉を詰まらせる。
アイスローズが顔を上げ、やっとのことで見返したエドガーの瞳は、いつかと同じようにーー確かに、熱を帯びていて。
もう、目も気持ちも反らせなかった。
「エドガー様のことが好きです。ずっと前から、エドガー様が思うより前から……大好きなんです」
視界が滲んで瞼を閉じれば、涙と想いが溢れる。
「エドガー、私と出会ってくれて……ありがとう。本当に……ほんとうに、ありがとう」
それは今世は勿論、前世での漫画との出会いを含めての、感謝で。
涙を拭ってくれたエドガーは、輝くようにまぶしく、微笑んだ。
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そしてその夜、ヴァレンタイン邸で「赤い薔薇一輪」の意味を調べたアイスローズは、胸をぎゅっと掴みながら、一人悶絶することになる。
「ドキドキしすぎて心臓が止まりそう……エドガーの……ガラスの薔薇のっ、指輪のせいで……」
何故ならその意味は、
「私には、あなただけ」だったから。
完
これにて完結です!
色々至らない拙い文章でしたが、続編までお付き合いいただき、本当にありがとうございました! 読んでくださった皆さま、リアクションくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。
ほんの少しでも楽しんでいただけたなら、本望です。
最後に、感想や下の評価をいただけると大変嬉しいです。




