88.時を駆ける王女の願い事件④
エドガーはアイスローズに直撃しそうになった瓦礫を避けるよう、時計塔へ飛び込んだ。
アイスローズが目を開けば、脇にリドリーが倒れていた。破片が当たったのか、手と肩から流血している。
時計塔の入り口が崩れて、アイスローズ・エドガー・リドリーの三人は時計台の中に閉じ込められるような形になっていた。
「……ぐっ、」
リドリーは蹲り、膝をついた床を見ながら言った。
「何が家族愛だ……っ、王族の義務は国の発展に尽くすことだ。『幸せになること』なんて入っていない。当時のエレミア王国国王はおかしい!!」
「フロール王女が追放されていなければ、今頃僕も王族の一員として贅沢三昧ができたんだ! お手振りだけでチヤホヤされる生活が待っていたんだ! 全部全部お前たちのせいで!!」
「貴方、さっきと言っていることが違うわ! さっきまでフロール王女の幸せがって……!」
「うるさい!!」
リドリーがアイスローズに向けてきた血まみれの平手は、難なくエドガーにより止められた。それでも、リドリーは笑った。
「今のは、時計塔の入り口を塞ぐための爆弾さ。本当の時限爆弾は時計塔の上にある。あと10分で爆発する。この時限装置は一度作動したら解除できないよ、例え、僕でもね。……こんな国、めちゃくちゃになってしまえばいいのさ!!」
(思ったよりも全然時間が……!)
アイスローズは嫌な予感に襲われた。ダメだ、こんな展開は。
「私が、爆弾を解体する」
「! 出来ることは知っていますし、お願いしたいところですが……あまりに……あまりにも時間がありません!! 穴を掘るとか、壁の隙間を探すとか、どうにかしてでも、まずはエドガー様が助かる方法を考えるべきでは」
反論するアイスローズ。
「他にいないだろ? 今ここで爆弾を解体できる人は」
エドガーは乾いた笑いをした。
こんな突き放した言い方、アイスローズを諦めさせるために絶対わざとだ。アイスローズには答えられない。
ぐったりと座り込むリドリーは、そのまま気を失ったようだ。
「私は王太子というただの駒だよ」
「え、」
「ジョシュ、いるな?」
エドガーは瓦礫の小さな穴から外に向かって声をかけた。
「ゲホッ、砂煙が……はい、エドガー殿下」
「私たちは見ての通り、この塔から出られない。また、塔の上部の時限爆弾は、もう時間がない。今から解体作業に入る」
「承知いたしました。私は周辺の民家に避難勧告にまいります。あのリドリーのおじいさんもなんとか動けそうなので、協力してもらいますね」
パタパタ……と足音が遠ざかって行く。
「……で、でも、エドガー様がいなくなったらこの国はどうなるんですか。未来を支える人がいなくなります」
アイスローズは震える声で言った。エドガーは難なく返す。
「不確定な未来よりも、私は今この瞬間、この国を支えている人たちを守りたい。その一部たりとて欠けさせない」
「都合がいいことに父上はまだ若い。あと25年は公務が出来るかな。それだけの時間が有れば、次の後継者を育てることも可能だ。私には、優秀すぎる親戚たちもいる」
エドガーは階段を登り、塔の上に出た。アイスローズも後をついて行った。夜空の下、ブワッと刺すように冷たい風が吹き付ける。
リドリーの話通り、資材で散らかった屋上には、爆弾らしき物体が置かれている。学生カバンより大きいくらいの木箱だ。エドガーはその辺にあった工事用の道具を利用し、器用にそれを解体していく。アイスローズに詳しくはわからないが、ゼンマイやコードが入り組んだような、時限爆弾だった。表面にある時計の針が12時に向かって動いており、おそらくそれが12時丁度になったら爆発すると理解した。
「エドガー様!?」
一瞬、エドガーが疼くまる。様子が明らかにおかしい。
駆け寄りエドガーの身体を支えれば、アイスローズの手に血がついた。
さっきの爆発による怪我ではないようだ。何故ならエドガーの服の下に、既に包帯が巻かれている感触がある。
「なんで……まさか、空き家の火事でエドガー様も怪我をしていて?」
(古傷が開いたんだ。まずい、まずすぎるわ!)
アイスローズに背を向け、地面にあぐらをかいているエドガーは、太腿から血を流していた。かなりの量、出血している。長らく王城学園を休学していたのは、事件の捜査のためであるが……この怪我のためでもあったに違いない。
こんな状況、自分の命に関わると間違いなく気づいているのに。エドガーは物ともせず「作業する手」を止めない。ただひたすらに、目の前のやるべきことを急いでいる。
アイスローズは必死に頭を回す。
(ーーどうする。ドレスのリボンで止血をする?)
タイミングが悪いことに今日のドレスにはリボン飾りが付いていない。この冬素材のスカートを引き裂くには、素手では力不足だ。
(そういえば、以前【瀕死の王太子事件】でヴィダルを助けようと王城医師に……!)
「エドガー様、失礼いたします!」
「っ、アイスローズ?」
アイスローズはエドガーの腕の下から入り込み、ドレスのスカートの裾を掴むとエドガーの太腿に被せる。そして、その上から体重をかけ強く押さえた。
「傷を押さえて『直接圧迫止血』します! 昔、王城医師様に救急救命を習ったことがあって。エドガー様はそのままで」
エドガーは目を見開いたが、されるがままにした。本当は、アイスローズの手やドレスが自分の血で汚れることが嫌だったが……それどころではないし、そんなことはアイスローズが知るよしもない。
「私が……いつものように事件を知っていたら、こんなことにはならなかった。エドガー様を守れなかった。側にいたのに……ごめんなさい……ごめんなさいっ」
今こんなことを言っても、何の役にも立たない。でもそうでもしないと、頭がどうにかなりそうで、今のこの状況を続けられなかった。
エドガーの背後にいるから、彼の反応はわからない。もはや、エドガーが無事であれば何だっていいのに。
エドガーはポツリと言った。
「リドリーの言うことは一理だけある。王族の義務に『本人が幸せになること』はない」
「! だけど……」
「しかし、彼のおかげで、死にそうな時くらい好きな人に側にいて欲しいという最大の我儘が叶っているな」
アイスローズは目を見張る。
「もっとも、今死ぬつもりはない。まして、君を死なせるつもりはもっとない」
エドガーは何事もなかったように、なんの迷いもなく、取り憑かれたようにとんでもない速さで、爆弾を解体していく。目を手元から離さない。
「私が君に側にいて欲しかったのは、事件を先回りしてるからじゃない。勿論、アイスローズがしてくれたこと、やろうとしてくれたことには、いつも感謝している」
苦しそうに眉間に皺をよせ、目を細めるエドガー。噛み付くように言葉を紡ぐ。それでも、決して手は止めない。
「君が未来を知ってたからじゃない、そこからのアイスローズの選択が好きなんだ」
「君の……人への関わり方が好きだ。たまに失敗しかけるところも悪くない、何だかんだ……諦めないし」
エドガーは問いかけた。
「この気持ちはなんだと思う? これに関して、私は自分の推理に自信がある」
「私はアイスローズを心の底から、愛している」
息が詰まったように、声が出なかった。
胸の中には、何かが溢れて。
エドガーの手から汗で滑ったのか、ペンチがずり落ちた。爆弾に残るコードは、一本。
「っ!」
爆弾の時計は残り何秒か。止まらない。
アイスローズはエドガーの手を取り、自分の手をかさねた。
次回、最終回。
明日の投稿は午後になるかもしれません。
 




