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86.時を駆ける王女の願い事件②

「……おじいさん?」


 ぼうっとした闇から姿を現したのは、確かに落ち葉掃きの時にコキア畑を教えてくれた、あのおじいさんだった。そしてその背後には、長いコートを羽織った若い男性が。


 なんだか現実と思えない光景に、アイスローズは言葉が出ない。おじいさんは涙ながらに言った。

「お嬢さん、すまない。わしがこやつを止められなくて。説得しようとしたんじゃ。わしが頼りないばかりにーー」


「っ!?」


 いきなり若い男性は、おじいさんの背中を乱暴に突き飛ばした。御者が受け止めたおじいさんは、アイスローズの足元で疼くまる。脇腹を打ったらしく、ぐったりして声が出ないようだ。慌てて、目の先のベンチに座らせる。

 その男性は冷ややかな目線を向けたまま、口を開いた。

「この役立たずが。そんなんだから、国にいいように見下されるんだ」


「貴方は、リドリー・アランデルか?」

 御者がきつい口調で尋ねた。若い男性は無言だ。


「黙っていても無駄だ。こちらには銃がある」

 御者の声にアイスローズは我に返る。

「あ、あのジョシュ様と騎士の方は!? 貴方が……」

 被せるように言った。


 男性はキョトンと首を傾げ、それから合点が入ったかのように答えた。

「ああ、さっきのオレンジ髪はジョシュさんという名前だったのですね。時計塔から飛び降りさせたよ」


 毎日使っている母国語にも関わらず、何を言われたのか理解出来なかった。


「……何だって?」


 代弁するかのような御者のセリフが聞こえた。男性は声色を変えずに言った。


「聞こえなかったのか。あの二人は、僕がいた時計塔にやって来たけど、邪魔だったから『時計塔から飛び降りさせた』よ」


「嘘をつくな! 何の理由もなく、あの二人がそんなことをするわけがない」


 御者はその無駄のない立ち振る舞いに似合わず大声を出し、男性に飛びかかる体制を取った。彼の言うことはもっともだ。

 騎士は勿論、ジョシュとて【クレオとパトラ事件】で並大抵でない強さを見せていた。


「理由ならあるさ。二人に見せたんだよ、これとーー……」


「!?」


 男性はコートの前合わせを開いた。彼の身体には、アイスローズにも一目でわかる「爆弾」が巻き付けられていた。


 アイスローズと御者は息を飲んだ。


「ちなみに、僕が巻いているのはただの爆弾だけど、あの時計塔の上にはもっと大きな『時限爆弾』を仕掛けてあるよ。鐘の歯車と起動装置は関係している。半刻後にはドォン、だ。この王城学園だけじゃない。この周辺の民家も巻き込んじゃうサイズさ」


 男性はこちらに近づき、その顔に月明かりがさす。

 黒髪の影になっていたのは淡い青い瞳でーースッとした容姿をしている。どことなく、遠くで微かに、似ているような気がする。


(でもなんで)


 彼には、ごく何となく黒髪碧眼姿のエドガーの面影があったから。


「リドリー・アランデル……?」

 アイスローズはやっとの思いで呟いた。

 それを受け、リドリーはぞっとするような不気味な笑顔を向けた。


「飛び降りたら、代わりに『時限爆弾』を止めてやる、と言ったんだ。僕を捕まえれば、身体の爆弾を爆発させちゃうでしょ? 僕を殺せば、もう誰にも時限爆弾は止めらないでしょ? あれを解体できる人はなかなかいない。そしたら、面白いくらいに素直に飛び降りたよ、あの二人。君たちに見せたかったな」

 リドリーはクスクスと笑った。


「何てこと、ーー……うっ」


 気分が悪くなるアイスローズ。

 慌てて御者が、支えるように背に手を当ててくれた。


「次は……やっぱりアイスローズ嬢の番になるかな。コキア畑の時は『協力してくれたのに』しとめてあげられなくてごめんね? やっぱりお金でしか動かない、ならず者なんかに頼ってはダメだ」


(ーー協力?)


 自分でも信じられないくらいに、一気に頭に血が上る。


「私が、貴方に爆弾事件の協力をしたと言うの!? あれはエレーナを喜ばせようとっ、私たちがどれだけ!!」

「アイスローズ嬢! あれは挑発です」

 前に出ようとするアイスローズの腹を背後から抱きとめ、御者は制す。


「威勢がいいね。エドガー殿下の好みはこんな感じなのか、意外だ。もっとアイスローズ嬢のことを知りたいな」

 リドリーは余裕を持って微笑んだ。


「アイスローズ嬢はエドガー殿下の『いい人』なんだろう? 社交界デビューの新聞記事を読んだよ。最初はエドガー殿下が狙いだったけど、さすがに彼の周囲のガードは固かったから、方針転換したんだよ。その周りに」


「銃は逆効果だ。この距離で僕を撃てば、君たち二人も爆発に巻き込まれて死ぬよ」

 リドリーはアイスローズの銃に手を伸ばそうとした御者を諭すように言う。


「アイスローズ嬢が死ねば、きっとエドガー殿下に自分が死ぬより辛いダメージを与えられるよね。たまたまウチのジジイが、王城学園で見かけた貴女たちのことをーー貴女の予定を話してくれたから、やってみようと閃いたんだ。運命だと思ったよ。失敗しちゃったけど……でも君は、こうして僕のところへやって来た。今度こそーー」


「運命だね」

 リドリーはその薄い唇で弧を描いた。 


(この人、あまりにも簡単に「死」という言葉を使って……)


 脳裏にジョシュの顔が浮かんだ。

 初めて出会った時からのエドガーとのじゃれあい、ヴィダルに見せるお兄さんの顔、スイーツがあんなにも大好きで、カフェではいつも嬉しそうにはしゃいでいて。


「さあ、おいで、アイスローズ嬢。でも先に、その御者の目を撃つんだ。なんでアイスローズ嬢が拳銃を持っているか知らないが、悪いご令嬢だ。令嬢中の令嬢と名高いのに、それじゃまるで君こそが『悪役』みたいだよ」

 リドリーは肩をすくめた。


(ーー悪役ですって?)


「舐めないで」

「え?」


 自分から出た声の低さに驚く。


「令嬢と悪役の組み合わせを舐めんじゃないって言ったのよ!」


 アイスローズのセリフに、リドリーと御者はギョッと目を見開いた。磨きに磨いた令嬢の仮面がすっかり剥がれ落ちているが、そんなことはどうでも良かった。


「この私が……易々とエドガーを悲しませることをすると思う? 悪役には色んなタイプがあるけれど『悪役令嬢』は共通している。その原動力は、ヒーローへの『愛』なのよ」


 御者の息をのんだ音が聞こえる。


「だから、どんなことをしても、私はエドガーの心を……エドガーの大切なものを守り抜くに決まってる!!」


 アイスローズは拳銃を上空へ向けて一発撃った。耳をつん裂く、大きな発砲音。

 イーサンに習っていて良かった。反動で数歩後退して素人感丸出しだけど、構わない。


 銃をリドリーへ向け、自分史上一番の嫌な微笑みをくれてやった。きっと、彼を撃つことなんて出来ない、当たらない。それでも『脅す』くらいなら、悪役令嬢の本業だ。


「知らないの? エドガー様は『爆弾解体』が出来るのよ。このネディが馬に乗ってエドガー様を呼びに行く。それとも銃声に気づいて騎士たちが来るのが先かしら」


 そう、無敵の主人公エドガーならそれくらい朝飯前なのだ。

 リドリーが呆気に取られていた時間はどれくらいだったろう。5秒か10秒か。


 ふいに、銃を握る手に柔らかい感触を感じた。見れば、御者がアイスローズの手にそっと自分の手を添えていた。そして銃を下ろさせる。


「アイスローズ、君の勝ちだ」


 アイスローズが、はっと見れば、ジョシュが背後からリドリーの両手を捻り上げていた。

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