84.古本市とコキア畑③
それから直ぐ、アイスローズたちは近くの騎士団駐在所に保護された。事情を話して襲ってきた男たちの回収を依頼、迎えの馬車を手配してもらう。
王城から予想より相当早くやって来たオリバー・シライシは、かなり慌てた様子だった。しかし、三人の無事な姿を見て安堵したように息を吐く。
エレーナとイーサンの二人には、軽い怪我があったので、早馬の馬車で王城病院に運ばれることになった。
オリバーは、そのまま騎士たちとコキア畑に現場検証へ向かうと言う。
「あ、それでしたら一つだけ……もし可能性なら確認したいことが」
アイスローズは、一瞬だけ彼を引き留めて言った。
不謹慎かもしれないが、エレーナに用意していたプレゼントがその後どうなったのか、気になっていたのだ。お茶はともかく、テラリウム用のガラスケースはイーサンと一緒に何日も探した特別な品だったからだ。
オリバーは「さすがに同行はさせられないが、あれば回収してきますね」と言ってくれた。
木の長椅子に腰掛け、迎えにくる別の馬車を待つ。その間考える。
(今まで「王太子少年の事件日和」まで遡ってみても、事件を思い出せるのは「いつだって直前」だった。だけど……事件が「進行してしまう」まで、内容を思い出せないことは一度もなかったわ)
ーーということは?
(この事件はーー漫画にない事件ということ?)
そんなことがあるのだろうか。
こんな大掛かりな爆発事件が漫画に関係ないなんて、あまり考え難い。
アイスローズが一人唸っていると、扉がノックされ開かれた。
ジョシュは額に汗をかいており、こちらもかなり急いでやって来たようだ。騎士一人と御者を連れている。ジョシュは早口で挨拶をした後、本題に入った。
「事態は思ったよりも深刻のようです。事情は馬車でお話ししますので、アイスローズ嬢をヴァレンタイン邸へ送らせてください。エドガー殿下直々の命令です」
「エドガー殿下の?」
ジョシュはアイスローズの疑問に気付いたのか、直ぐに説明してくれた。
「エドガー殿下は今別件にあたっており、どうしても手が離せないんです。代打が私で申し訳ありません。勿論この報告を受けた時、エドガー殿下はアイスローズ嬢のことをドン引きするほど心配されていましたよ」
「ジョシュ様、日が暮れる前にアイスローズ嬢をお連れするようにとの指示です」
黒い制服を着た御者が、呆れたように先を急がせる。
確かに、得体の知れない脅威に晒されているなら、明るいうちに帰るのが得策だろう。
「ちなみに、あの爆弾を仕掛けた犯人は、リドリー・アランデルと思われます」
「リドリー・アランデル?」
ジョシュに聞き返す。アイスローズには覚えのない名前だった。
アイスローズの記憶違いなのかーージョシュと馬車に乗り込みながらも、何度もーーそれは何度も、名前を復唱して考えたが、ほんの少しも心当たりはなかった。
顎に手をあて、考え込むアイスローズ。
ジョシュの隣には用心のためだろう、さっきいた騎士も乗り込んでいる。ジョシュは説明してくれる。
「リドリーはこの秋、バーサ・グリーンアップル様に助けられた人物です」
「バーサ様に? ……助けられたとは?」
「彼は馬車へ身を投げようとしていました」
はっ、と息を呑むアイスローズ。
(バーサ様が、社交界デビューの舞踏会に来れなかった捻挫の原因の?)
それから一拍おき、今後は違うところについて思いが至り、どくりと内蔵が逆立った。
(え、ちょっと待って。ということは)
ーーもしかして、この事件が漫画になかったのは、その世界線に「リドリーがいなかったから」ではないだろうか?
現実世界にリドリーがいるのは、バーサが彼を助けたから。そして、そのバーサをかつて【最初の事件】から助けたのはアイスローズ。
アイスローズはこの世界が「王太子少年の事件日和」と気付いた一年前から、未来を変えて来た。
誰かを救えば、また新たな事件が起きる可能性がある。言い換えれば、誰かを救うことで、失われる命もまた変わる?
バーサを救ったことに対し、アイスローズに1ミリの後悔もない。しかしながら、ストーリーを変えることの恐ろしさに、改めて直面した。
これから起きる事件は、アイスローズに何の知識もない。まっさらの事件。
そう思うと、体の奥からスッと熱が引いた気がした。いつだって事件は恐怖だったけど、結末を知っているのと知らないのでは、違う。
(……エドガーはいつもこんな気持ちだったのかしら)
堪らず顔を背けたアイスローズに、ジョシュは続ける。
「リドリーは若くして期待された科学者でした。しかし、抱えている仕事が上手くいかず、自暴自棄になっていたようです。その日たまたま通りすがったバーサ様とグリーンアップル家の使用人たちに助けられました」
「問題はその後なんです。どういうわけか、彼は取り憑かれたように家に引きこもり、何かを調べ続けていたと、リドリーの周囲は証言しています」
「……今回の件では、私たちが明らかに狙われていました。動機は何なんでしょうか?」
アイスローズは思わず聞く。ジョシュは不快感を露わに眉間に皺を寄せた。
「おそらく本当の目的は、王族への復讐になるかと思います。お三人がエドガー殿下と親しくあられるので……狙われたのかと。警護が至らず、面目もありません」
「復讐」
アイスローズの言葉に、ジョシュは頷いた。
「リドリー・アランデルは、かつてフロール王女に渡されたとされる、王族の証である『照合印』を持っていました。そしてそれを闇ルートで売り、モルガナイト王国で大金を手にしました。そして多量の爆薬を買い集めたのです」
「ま、待ってください、フロール王女ってあの……かつてのエレミア王国王女で、あの醜聞の?」
「その通りです。リドリーはかつて追放された、エレミア王国王女の子孫だと思われます。エドガー殿下の考えでは、おそらくリドリーは、当時の国王たちが『醜聞を利用してフロール王女をはめた』と考えているのでは、と」
(はめた? そういえば、サラちゃん(フロール王女)はあのような手紙を書いてないと言って……!)
ここで、アイスローズは疑問に気づく。
「でもどうして。フロール王女こそ王族です。それが本当なら、何故当時の国王たちは身内をはめるようなことを」
「さあ、そこまでは。私が知っていることはここまでです」
ジョシュは曖昧に微笑んだ。本当に知らないのか、アイスローズに理由を説明するつもりはないのか。
「いずれにせよ、リドリーの行方は騎士団が総力を上げて捜索中です。それにしても、イーサン様がご一緒で本当によかったですね」
「本当に、それはそうですね……」
確かに、あの場にイーサンがいなければ、本当に詰んでいた。
「イーサンがエレーナの誕生日を一緒に祝いたいと言ってくれて、一緒にコキア畑に来てくれて……」
(ーーって)
(あれ、確かにそういえばーー……何故あのコキア畑に、「待ち構えるように」爆弾が仕掛けられていた? あらかじめ私たちがあそこを通ると何故わかった? あの日私たちがコキア畑に行くのを知っていたのはーー)
「紅葉を見にいこうよう……」
アイスローズは呟いた。
「あ、アイスローズ嬢、そのダジャレ、私も好きです」
「……え、好き? なんですか?」
ジョシュの相槌に騎士が引いている。
(あの日、私がエレーナと出かけることを話した人物がいる。プレゼントを東屋に設置することも。コキア畑を勧めてくれて、その人は)
ーー学園の銀杏並木で、絵を描いていたおじいさん。
「あ、あの、王城学園へ寄ってはいただけませんか!?」
アイスローズはジョシュに詰めかかるように言った。
「うわ、アイスローズ嬢!? 危ないです、立ち上がられてはーー」
「王城学園ですか? それなら今丁度通りすがって」
前方外の御者席から返事が返って来て、馬車は急停止した。見れば、窓からは銀杏並木が見えている。発言の理由をアイスローズが説明しようとした、その時。
王城学園の時計塔の鐘が、夕闇迫る空に鳴り響いた。
明日投稿はお休みします。
次回の投稿は4/2(火)になります。




