82.古本市とコキア畑
「そういえば、イーサンはジョシュ様と何の話をしていたの?」
アイスローズは聞く。返事がないので顔を見ようと目線を上げた時。
「紅葉を見に行こうよう……」
「はい?」
あまりにイーサン「らしくない」セリフに、思わず聞き返す。イーサンはアイスローズの引いた表情を見て、露骨に嫌そうな顔をした。
「俺が言ったんじゃないですよ。さっきのあの人が言ってたんです。ベゼル領では今紅葉が見頃ですが、渓谷の気流が乱れがちな時期でもある。気球からの紅葉狩りはおススメしない……そんな、立ち話をしていただけです」
「この季節、気球には乗れないの?」
「乗りたかったんですか?」
アイスローズは肯定した。
「近くエレーナの誕生日があって。丁度、誕生日プレゼントを何にしようかと考えていたの」
あれこれ考えることが沢山あるアイスローズだが、これに関して本気で悩んでいた。
あの海辺でのデートの後、本人に欲しいものを聞いてみたところ、「アイスローズ様からいただけるなら、なんでも嬉しいです」と言われた。しかし、それでは逆にアイスローズが悩むとも思ったのだろう。彼女は、「もしよければ、誰か誘ったりして、アイスローズ様と一日どこかに行けたら幸せです」とも言ってくれた。
「……というわけで、どこかに行くことは決めていて、ベゼル領の気球なんかが良いかなと調べていたのよ」
「なんかよくわからないですけど、アイスローズ嬢がエレーナさんに好かれているという惚気にしか聞こえませんでした」
イーサンは半目になる。
「しかし……エレーナさんへの誕生日プレゼントですか。よければ、俺も便乗させてください」
「え……イーサンが、エレーナに?」
アイスローズは目を見開く。
「どういう風のふきまわし? みたいな顔ですね。正気ですよ。実は最近、彼女に助けてもらって」
なおも首を傾げるアイスローズに、イーサンは説明してくれた。
「生徒会での仕事には『部活動の管理』もあるんです。今年、女子フェンシング部は部員数が足らず、大会に出れない状態だったんですよ。女子じゃなければ、俺が出たんですが」
「イーサンは剣術が出来るの?」
「最低限は。どちらかと言うと、格闘技や射撃の方が領地で経験あります。話を戻すと、それで困っていたところ、エレーナさんなら腕に覚えがあるという評判を聞いて。打診したら、快くヘルプで出てくれることになったんです。これはフェンシング部も大変喜んでくれていて、我々生徒会も感謝しかありません」
イーサンは真剣な表情で言った。
「借りはきちんと返すのが『辺境での教え』です。御礼したいのですが、しかし、どうすればエレーナさんが喜ばれるのか、見当もつかなかったんです」
「なるほど、そういうことなら!」
アイスローズは胸の前で両手を合わせた。これは楽しくなりそうだ。
それからの数日間は、イーサンと二人でプレゼントを一生懸命に考えた。結果、「お湯を注ぐと水中で花が開き、様子を観察しながら楽しめる花茶」、「テラリウム用の三角屋根のハウス型ガラスケース(持ち運べるミニ温室のようなもの、持ち手付)」の二つと決めた。
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そして掃除時間、アイスローズはイーサンと青空の下落ち葉掃きをしながら悩んでいた。
二人がいる場所は王城学園の敷地で、見事な銀杏並木が広がっている。学生以外にも、わざわざ見に来る人がいるくらいの場所だ。レンガ造りの赤い道に、落ち葉の黄色がとても映えている。
「問題はどういう風にして渡すかだけど……どうせなら素敵なシチュエーションの中で渡したいわね」
アイスローズは手を止めて言った。
「素敵なシチュエーションですか、全く役に立てる気がしないですね」
「ちょ、イーサンはなから諦めないで」
「それなら王都郊外にあるコキア畑がオススメじゃよ」
「「!」」
急に背後から話しかけられ振り返れば、ベンチの後ろで風景画を描いているおじいさんがいた。
「あ、あなたは……!」
このおじいさんには見覚えがある。夏前にエドガーといった植物園でサル山をスケッチしていたおじいさんである。
周囲を見れば、同じように銀杏並木をスケッチしている人々が何人もいた。
「会話が聞こえてきたもんでつい口を挟んでしまって。驚かせて悪かったの」
「いえ、コキア畑ですか。そのアイディアは出なかったのでありがたいです」
「この時期はピークにはもう遅いけど、赤から黄金色のグラデーションになっていて、それでも見事じゃよ。確か……今週末は近くの古本市でイベントもやっているはずだから、楽しめるはずじゃ。あのグラデーションはそれは見事じゃよ」
かなり自信があるのか、おじいさんは絶賛しながら、同じことを繰り返した。
(古本市……これまたエレーナが好きそうなワード)
イーサンも行ったことがないと言うので、早速アイスローズからエレーナに話をして、誕生日に最も近い休日、今週末に三人で行くことにした。
例の「サナリ・シライシ」の名前について、エレーナは何も知らなかった。
そんな人物は、先祖にいたかもしれないが、何をしたという話も聞いていないと。また、手紙など代々伝わるようなものは、心当たりがないと言う。
エドガーにはそれとなく(言えそうな範囲で)手紙を書こうかと迷ったが、休学するくらいに多忙なのだ。今はタイミングが違う気がした。
おじいさんはプレゼントの渡し方についても相談に乗ってくれた。
コキア畑の真ん中には東屋があるそうなので、そこにエレーナを誘導し、あらかじめ置いておいたプレゼントを発見させてびっくりさせるプランだ。
そうして準備を万端にし、当日を迎えた。
ここまでお読みいただき、大変ありがとうございます! 明日3/30の投稿は夕方になります。




