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75.社交界デビュー④

 エドガーは机に肘をつき、両手を顎の下で組んだ。


「数々の『モルガナイトの星屑』がらみの事件から、どうもその線が気になっていた」

「……」

「今日、国内の有力宝石商の所在は粗方把握している。そして自国の王族、入国している他国の王族たちの行方も」


「貴方はモルガナイトの第何王子だ? 何故、怪盗をしている? 変装しているのだろうが、実際の貴方は若そうだ。第三王子は25歳、しかし今は規律が厳しい軍にいると聞いているから違うな。第四王子と第五王子なら大学院生か、自由になる時間はありそうだ。第六王子はーー」


「ふっ、ふふふ、あはははっ!」

 キツネは吹き出し、高らかに笑い出した。


「ねえ、その解説、第何王子までやるつもり? モルガナイトの王子は第十二までいるよ。あの国は側室が認められているからね」


 キツネは天を仰いだ。


「なるほどね、捕まえないとはいえ、正体を少しでも探ろうとしたわけか」


 エドガーとキツネはしばらく見つめ合った。睨み合ったという方が正しいか。


 ふと、キツネは何かの気配を感じたかのように窓の外を見た。エドガーがつられて見れば、見知った令嬢がこちらへ向かってくる。

 目を見開くエドガーより早く、キツネは言った。


「まあ、悪くない推理だけどさ、決めつけるのは早いんじゃない? それともこれもカマをかけただけ? 君が知っての通り、王族だってやろうと思えば、非公式にいくらでも出入国できるはずだ」


 整った口元で不敵に笑う。


「あと、このレストランの代金はエドガー殿下が払ってくれるんだろう? 君が呼び出したんだから。国産の赤ワインが良かったよ。深みがあって芳醇で……ヴァンパイア・ガーネットの色味にそっくりで」

「!」


 見れば、テーブルに置いていたはずのガーネットがない。

 エドガーは反射的に、脇を通り過ぎたウエイターのお盆に乗っていた、赤ワインのグラスを掴み取ったーー


 その時、艶のある白い手袋をはめた手が、グラスの口を覆った。


 キツネは面白そうに、手の主を見上げる。


 アイスローズはそのまま二人を見ながら、グラスを自分の胸に抱え込む。

「……ジョシュ様にこちらにいると聞いて、参りましたわ」

 はあっ、と肩で息をする。


(エドガーが苦手なものは赤ワインの香り)


 「王太子探偵という戯れ」における怪盗キツネとの『出会い回』に、そんなエピソードがあったのだ。追い詰められたキツネは、咄嗟にエドガーに赤ワインをぶっかけた。


(キランは幼い頃の思い出から、エドガーが赤ワインの香りだけで酔うことを知っていた。そしてエドガーが酔っ払った隙に逃走したのよ)


 実際、漫画内で二人が対決したのはもっと後だった気がするが、今回アイスローズがキランをけしかけたことにより、ストーリーが早まったのだろう。


(……そして、酔っ払ったエドガーが、エレーナを饒舌に口説くというオチが。本音には違いないけど、後からめちゃくちゃ後悔していたっけ)


 エドガーが社交界デビューの今日、ホテルのレストランへ向かったということは、「キツネ」がそこにいる可能性が高い。そうしたら「キツネ」「出会い回」「赤ワイン」と、エピソードの条件が揃ってしまう。


 第一、今日は国の行事である舞踏会がある。公務を完璧でありたいエドガーを酔わせるわけにはいかない。

 そう思い至れば、アイスローズの身体は勝手に動いていた。


(問題は、この後キランがどうするかだけど)


 チラリと視線を寄越すアイスローズを、キランは笑ってかわした。そして懐中時計を見たかと思えば、エドガーに向き直る。


「そろそろ時間切れかな。教えてあげる。僕が今回、トレゲニス家の挑発に乗った理由」


「いつかエレミア王国で活動する前段階として、優秀と名高いエドガー殿下のお手並みを拝見すること。それから……エドガー殿下に伝えたいことがあったから。こっそりとね」


 キツネ改め、モルガナイト王国・第六王子キラン・ポードレッタイトはテーブルへ身を乗り出し、エドガーに耳打ちした。


「ーーーー」

「!」


 エドガーは一瞬驚いた顔をしたが、内容はアイスローズに聞こえなかった。


「信じるか否かは、君次第さ」


 キランがウインクをして言い放つなり、レストランで演奏をしていたピアニストがいきなり「Wow!」と叫び、曲調をアップテンポへ変えた。


「!?」


 それが合図だったのか、ウェイターが颯爽と踊り出した。合わせてシェフ、周囲の客たち、キランまでもが踊り出して。


 アイスローズは思わず声を出した。


「これは……っ、フラッシュモブだわ!」


 気がつけば、人の群れは踊りながら部屋の反対隅にあるテーブル席へと向かう。エドガー、アイスローズとキランの間には、いつの間にか三十人はいる。


 エドガーは弾かれたように人の波をかき割る。しかし、追いかけた先にはーー人々に祝福するように囲まれプロポーズする男性と、手を握られながら涙する女性のみーー……がいた。



✳︎✳︎✳︎



「何だったの……」


 唖然とするアイスローズに対し、エドガーは冷静に返した。

「フラッシュモブに紛れながら立ち去るなんて斬新だな。しかし、ヴァンパイア・ガーネットは彼に必要なかったらしい」


 窓の外は、丁度日没を迎えていた。

 いつの間にか室内は蝋燭の灯りに照らされている。

アイスローズが赤ワインを空いたグラスに移すと、濡れながら輝くヴァンパイア・ガーネットが……カランと音を立てて、転がり出てきた。

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