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73.社交界デビュー②

 社交界デビュー当日は抜けるような秋晴れだった。


「綺麗よアイスローズ、これ以上ないくらいに」

「まあ当然だろう、私たちの大切な薔薇だから」

 王城のアーチ窓をバックに満足そうなアンナマリア。キザなことを言うのはレオナルドだ。


「ありがとうございます、お父様、お母様」


 返事をするのはデビュー用のドレスを纏ったアイスローズだ。

 エレミアン・ガラスのティアラが乗った白銀の髪は完璧に結い上げられていた。その光を反射するティアラの下には、負けないくらいに輝く紅い瞳。滑らかに整えられた頬は微かに上気していた。

 なめらかな白シルクのドレスは上半身はすっきりと肩を出したベアトップ、スカートは薔薇の蕾を伏せたような形に重なって、床に向けて優美なラインを描く。履いている靴は勿論、エドガーからのプレゼントだ。


 アイスローズの堂々とした佇まいに、周囲の令嬢たちからも感嘆のため息が漏れる。


 レオナルドと一旦別れ、アイスローズはアンナマリアに付き添われながら、他の令嬢たちと同じように王城の「謁見の間」に向かった。手に持っている白いブーケと肘まである純白の手袋は令嬢たち共通だ。

 順番に名前を呼ばれ、オーガスト・エメレージェバイト国王陛下ーーに謁見する。陛下の前で片膝を曲げ、お辞儀をするのだ。時間にしてほんの数十秒だが、この謁見をして初めて社交界へのデビューが認められる。

 ちなみに、令息たちには社交界デビューというイベントはない。別途、陛下と謁見する機会がある。よって、彼らは夕方の舞踏会からの参加だ。


 順番を待っている間、アイスローズはふと思い出して聞いてみた。

「そういえば……お母様はお父様と出会った頃、嘘をついていたことがあるとか。どんな内容だったんですか?」

「! レオナルド……! 勝手に話したのね、後で覚えてらっしゃい」

 アンナマリアはバツの悪そうな顔をした。


「社交界デビューのお祝いだと思って、是非教えていただきたいです」


 懇願するアイスローズだが、アンナマリアは渋る。しかし、娘の記念日だ。ちらりと周囲を見渡すと観念したように息を吐きながら語り出した。


「……わたくし、前歯が一本差し歯なのよ。小さい頃に実家の大理石の床で転んで折ってしまった」


 アイスローズは拍子抜けした。アンナマリアが差し歯ということは知らなかったが、別に誰を傷つけている話でもなし。


「それは……大したことではないのでは?」

「そうね。今思えば、さらりとひとこと言っておけばよかったのよね。王城学園の入学式の日、校内で迷っていたらレオナルドとぶつかって、差し歯が外れて飛んだの。レオナルドはそれは焦って……そりゃそうよね、令嬢の前歯を折ったと思ったんだから。でも、わたくしは咄嗟に恥ずかしくなって、差し歯だと言い出せなかった」


「それからレオナルドはわたくしを見かける度、心配して声をかけてくれて。気づけば良い仲に。なのに、だからこそ……レオナルドには言えなかった。レオナルドが良くしてくれたのは、少なくともきっかけは罪の意識からに違いなかったから。真実を言えば、根幹が崩れる」


「時間が経つほどに後ろめたくなり、それはかせになっていった。結局、嘘が一人で勝手に苦しくなって、わたくしからレオナルドに別れを告げたわ」

「ええっ! そんな」

「でも、レオナルドは雨の中必死に追いかけてきてくれて。わたくしが別れの理由を話すまで、絶対にこの手を離さないって。あの日はエレミア王国の記録に残るレベルの嵐だったから、お互いにそれはもうみっともなく、ドロドロのぐちゃぐちゃだった。そんな姿、お互い見せないし見ないのがマナーだから、この人本当にどうかしてると思った」

「ははは……」

「だけど、マナーも何も関係なくなって、その時……この人には、わたくしの格好悪いところも何もかも全て、見せられると思ったのよ」


 アンナマリアはごまかすように咳払いし、顔を扇子で仰いだ。


「まあ、ようやくわたくしの口から言えたと思えば、どういうわけだかレオナルドは既に知っていたというオチなんだけどね」

「ドラマティック……!」


(人に歴史ありとはよく言ったもの……)


 感動するアイスローズ。

「あ、そういえば、お父様が『お母様は泣き顔も可愛い』と言っていましたよ」

 ついでに、思い出したように付け足しておく。

「な、生意気言うんじゃありません! この話はもうおしまい。謁見に集中しなさい!」


 アンナマリアはピシャッと扇子を顔の前で閉じた。しかし、その頬はバラ色に輝いて。こんなことを言ったらまた怒られてしまうけれどーー……とても可愛らしいと思った。



✳︎✳︎✳︎



 「謁見の間」は物々しく警備され、人でごった返していた。

 白壁に金色の細い蔦模様の装飾、縦長のガラス窓がいくつも並ぶ。ガラス窓には深緑のカーテンが束ねられていた。二階分まで吹き抜けにした天井の左右には、眩いほどのシャンデリアがそれぞれ一列にぶら下がっている。とても繊細で綺麗だ。


 いよいよ、アイスローズの出番がやってきた。アンナマリアはアイスローズの右後ろに控えていてくれる。


 中央の奥まで伸びたカーペットの先には、極低い舞台があって、真紅のビロードの椅子に座る国王陛下と、脇に立つ王太子が並んでいた。エドガーは濃紺と白と金を基調とした正装を着用している。


(久しぶりに間近で見たエドガーの正装……は、破壊力が凄いっ!)


 前に進み出たアイスローズの姿を捉えると、エドガーは少しだけ目を見張った。それから腕を軽く上げてカフスボタンをチラリと見せてくれた。あれはアイスローズが誕生日に贈ったもの。エドガーは約束通り付けてくれたのだ。


 「賢王」と呼ばれるオーガスト陛下は、さすがに威厳とオーラが違った。彼は常に冷静で、滅多に感情を出さないことで知られている。飴色に近い金髪に緑色の瞳をしていて、その容姿の麗しさは王太子時代から有名だ。年を重ねても衰える兆しのない美は、若いままというわけではなく、綺麗に年を重ねているというイメージだ。きっと、幾つになってもその時々の彼が一番美しいのだろう。

 そして、どこそこにエドガーの面影があった。


(いや、エドガーにオーガスト陛下の面影があるのよね)


 俯きながらアイスローズは自分自身に突っ込む。

 行事の性質上、お辞儀をする令嬢が陛下と会話をしたり目を合わせることはない。アイスローズがオーガストの表情を捉えることはなかったのでーー……


 彼女を迎えた時、オーガストの口がごく小さく「ありがとう」と動いたことは、隣にいるエドガーにしか、分からなかった。

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