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72.社交界デビュー

「……へえ、キラン王子からダンスを?」


 エドガーはアイスローズを手袋越しに抱き、背後に押し倒しながら聞いた。前髪がハラリとかかった青緑色の目は、今日も綺麗だ。


「はい。社交界デビューの日、ゲストとしてモルガナイト王国からも何人かの王子がいらっしゃいますよね? 直々にお手紙をいただきまして、依頼が」

 

 アイスローズは背中を反らしたまま答えた。こちらもポーズを決めている。

 二人は今、王城にある一室で社交界デビューの舞踏会用のダンス練習をしていた。


 【黒いダイヤのジャック事件】で約束(?)した通り、エドガーはヴァレンタイン家に正式にダンスの申し込みをしてくれた。

 アイスローズが勢い余って言い出したことだが、舞踏会で一番最初のダンスをエドガーとするということは、「舞踏会の皮切りとなるワルツを二人きりで踊る」ということである。

 アイスローズとて公爵令嬢、それが会全体の盛り上がりを決めるとも知っている。もはや、どうもこうも言っていられず、腹を括った。


 そしてデビュタントたちのダンスの後、会場にいる者たちが自由に踊り出すのだが、その際キランから相手になってほしいと依頼されたのだ。

 キランからの手紙はアイスローズにも予想外だった。そしてーー彼の綺麗に綴られた文字には続きがあった。


『追伸 僕とダンスをしてくれたら、預かっているものを返すヒントをあげる』と。


「エドガー様はキラン王子と面識がありますよね?」

「ある。モルガナイト王国は物理的に近いからな。幼い頃は、歳の近いモルガナイトの王子たちと何かと顔を合わせていた」


 会話をしながらであったが、二人の足はきれいに調和してステップを踏んでいた。塵一つない鏡のような床に、その姿が綺麗に写っている。エドガーは教えてくれた。


「特にキラン王子は昔から変わらない。頭がよくキレるが、つかみどころもない。私を揶揄ってはいつも反応を面白がっていたよ。彼の方が4つ上だから力では負けて、鬼ごっこの途中でよくワインの空樽に落とされたりしていたな」

「え、なかなか激しいですね……っ!?」


(ーーあれ、私、今何か思い出しかけたような)


「でも『隠れんぼ』では負けたことがない。ーーアイスローズはキラン王子の申し出を受けるのか?」

 ここで、エドガーは一番聞きたいことを差し込んだ。アイスローズは考えてきた返事を返す。

「はい。モルガナイト王国は『怪盗キツネ』のいる国です。キラン王子と話すことで……ヴァンパイア・ガーネットの件について、何か参考になることを聞けるのではと期待しています」


 さすがに、エドガーに対してもキランが怪盗キツネであることは言えない。

 「漫画のことを言えないシバリ」もあるが、そもそも今回ヴァンパイア・ガーネットを盗むことを嗾しかけたのはアイスローズであり、キランにはウェンズディたちを助けてくれた借りがある。


(今回の件で、私から口外しようとするのはいくらなんでも不義理すぎる)


 とはいえ、いつまでも金庫の鍵をキツネに盗まれたままでは、エレミア王国の威信に関わる。


 キランからわざわざ二人きりになる機会を作ってくれたということは、アイスローズが「トレゲニス家の戦線布告」に関与していることをお見通しに違いない。


「アイスローズはキラン王子を信頼しているんだな。妬けるね」

「え?」

 聞き返す間もなく、スカートで弧を描いて距離を取ったかと思えば、くるりと回転しエドガーの腕にすっぽりと収まる。


(うっ、)


 うなじ辺りにエドガーの存在を感じ、無意識に息を止める。顔に熱が集まるが、丁度エドガーに背を向けているからバレていないはず。


(これは未だに慣れない……当日までに(メンタルの)微修正が必要ね)


 こころのメモ帳に書き留める。エドガーのリードは完璧で、アイスローズにとってこんなに踊りやすい相手は初めてなのだが、別の意味でこんなに踊りにくい相手も初めてなのである。


 探るようにアイスローズを見ていたエドガーは、話を変えた。

「キツネと鍵の行方はまだわかっていない。騎士団が総出で、盗まれた日マンディが出かけた場所から辿っているんだが、何せスリの目撃者がいない。マンディが馬車から降りた時間は、5分に満たなかったんだがな。事件は膠着している」

「そうですか……」


 そろそろワルツも終盤に近づいてきた。腕から解放され、ほっとしながらも「違和感」に眉根を寄せる。


 ーーおかしな状況になっている、のだ。

 先述の通り、キツネは目的を果たし次第、盗んだものを「速やかに」持ち主へ返却していた。しかし今回のヴァンパイア・ガーネットの「金庫の鍵」に限っては、二週間経った今もなんら動きがない。


(これは……一体。何かまだ、キランにはやりたいことがある?)


「でも、そのおかげでわかったことがある。キラン王子とのダンスは必要なくなるかもしれない」

「え、それはどういう?」


 アイスローズが顔を上げるのと同時に、エドガーは滑らかに彼女を回し、曲は終わりを迎えた。


 エドガーのお辞儀に対し、アイスローズは作法通りに右手を差し伸べる。エドガーも作法通りにその手を握った。そしてそのまま持ち上げ、手の甲にキスをする……フリをした。ここまでが一連の流れだ。


 そんなわけないのだが、なんだか手に熱を感じ、アイスローズは急に恥ずかしくなる。

 顔を上げたエドガーは、アイスローズの視線を絡め取りながら、綺麗に微笑んだ。


「アイスローズはなんの心配もいらないさ。社交界デビューに集中すればいい。当日には全てが解決すると思うよ」

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