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65.呪いのヴァンパイア・ガーネット

(やっぱりエドガーは凄いわ……)


 アイスローズは王城学園の廊下に張り出された「期末テスト」の結果を見ていた。

 期末テストの学年一位は、中間テストに続いてさすがの安定感・エドガーだ。ちなみにアイスローズは二位を守っている。二位であってもそのためにアイスローズがどれだけ努力をしたか。だからこそ、エドガーの凄さがよりわかる。

 試験勉強中、眠気覚ましのためにカフェインを取り過ぎ、逆にトイレにこもる時間が長くなったのは秘密だ。


『ねえ、王子さま! 王子さまはさいごお姫さまと結婚するんだよね?』

『このお姫様に振られなければ、ね』


(ーー!)


 いきなり、先日のエドガーとウォルトのやり取りが蘇り、赤面する。この記憶は試験勉強中もアイスローズの集中力を散々削った。


(あんなの、ウォルトに合わせたエドガーの冗談よ。ジョーク。王太子ジョーク。HAHAHAとか笑って流すべきやつ。間に受ける人がどこにいるの)


 アイスローズは思考を振り払うよう首を激しく振った。


「エドガー殿下に苦手なものはあるんでしょうかね」


 声がしたかと思えば、いつの間にかイーサンが隣に来ていた。彼も入試から3回連続で学年三位だったが、今回アイスローズとの差はわずか2点。これでもかというほど悔しがっていた。


「まあまあ、でもこれで成績が実力だって、証明できたでしょう?」

 アイスローズはなだめる。イーサンは渋い顔のまま、バツが悪そうだ。

「そういえば、春頃はちょっと疑っていましたね。でももう夏休み前ですよ? さすがの俺もとっくに認めています、あなたたちの優秀さは」


(あ、初めて褒められた?)


 意外そうにするアイスローズに、イーサンは「認めるところは素直に認める人でありたい」とぶっきらぼうに言う。彼も最初の出会った頃に比べれば、なかなかわかりやすい性格になったと思う。


(……でも、あれ? それにしてもエドガーの「苦手なもの」って何だっけ? 確か漫画にも出て来ていて、それが元でエレーナと「いちゃいちゃシーン」になって、読者として萌えた記憶があるような)


 かつては喜んだシーンでも、今は何となく複雑な気持ちになる。額に手を当て思い出そうとしてみるが、具体的なものは、浮かびもしない。


「アイスローズ嬢、何か悩み事?」

「! ウェンズディ嬢」


 手をどければ、イーサンと入れ替わりに同じクラスのウェンズディ・トレゲニスが目の前に来ていた。ウェンズディは水色の髪に黒い瞳をしていて、口紅無しでも赤い唇がとても綺麗だ。


「貴女ほどのご令嬢でも憂うつにもなるのね」

「え?」

「この秋の社交界デビューのせいで、せっかくの夏休みなのに行きたいところも行けず、親戚・ご近所周りよ。やってられないわよね」

 ウェンズディは肩をすくめ、大袈裟にため息をついた。


 彼女は貴族ではないが、トレゲニス家には莫大な資産があり、広大な土地を持つことからジェントリ(=爵位はないが上流階級の一員)になっている。それ故、彼女も社交界デビューする。

 そしてウェンズディが言っているのは、令嬢の慣習についてだ。社交界デビューをする令嬢は、その数ヶ月前から親戚や隣人宅で地位のある人物に面会したり、小さな舞踏会に参加したりする。いわゆる場慣れをするためだ。

 アイスローズの夏休みも、ほぼその予定で埋まっている。


「とはいえ、アイスローズ嬢。忙しいところ悪いんだけど、貴女に頼みたいことがあるのっ!!」

 ウェンズディはいきなり両手をパンっと顔の前で合わせた。何事かとアイスローズは目を見開く。


「お願いよ! 8月末トレゲニス邸に遊びに来れないかしら。隣のクラスの子たちが来ることになっているの」

「隣のクラス?」

「学園内にエレミア王国建国250年を記念する時計台を建設しているでしょう? それが完成したら学園祭があるじゃない。私たちの学年の有志で、劇『ドラキュラ伯爵』をやるそうよ。イメージ作りのためにトレゲニス邸を見学できないかって相談があって。人が来ることは嬉しいから、全然いいんだけど」

 ひどく申し訳なさそうにするウェンズディ。本当に困っているようだ。

「うん? それで何故トレゲニス邸を見学……」

 言いかけて、ふいにアイスローズは思い出す。


(「王太子探偵という戯れ」にドラキュラをモチーフにした事件があったわ。事の発端はエドガーとエレーナが学校でやる劇のイメージ作りのため、あるお屋敷を見学に行って。その屋敷は通称ーー)


 ウェンズディは曖昧に微笑んだ。


「貴女も知っているでしょう? トレゲニス邸は別名『吸血鬼屋敷』と呼ばれているから」

「っ、!!」


(そうだった!!)


 卒倒しそうになるアイスローズ。

 急いで片足を踏み出し、何とか体制を立て直す。


「了承したはいいものの、隣のクラスにはエドガー殿下がいるから……殿下が来るとなると、やっぱり緊張しちゃって。アイスローズ嬢はエドガー殿下やヒロイン役のエレーナ……彼女とは選択授業で面識があるーー……とも仲がいいから、一緒にいてくれたら安心かなって」

「なるほど」

「よろしくね! 夏休み、楽しみが出来て良かったわ! アイスローズ嬢」


 嬉しそうにウインクするウェンズディは、アイスローズに蘇る記憶の中でのーー……床に泣き崩れる姿ーーとはあまりにかけ離れていて。


「……ええ、ウェンズディが大好きなお菓子を持っていくわ……」


 アイスローズは言葉を上手く、返せなかった。



✳︎✳︎✳︎



 ヴァレンタイン家に戻るなり、アイスローズは自室にこもりノートを開いた。


 夏休みに起きる事件は【呪いのヴァンパイア・ガーネット】回だ。アイスローズは脇目も振らず、一息に書き出す。


 ストーリーはーー。

 エドガーたちは学園祭の劇で「ヴァンパイア伯爵」をやることになった。イメージ作りのため、同じ学年のウェンズディ・トレゲニスに協力を依頼、エドガーたちは「吸血鬼屋敷」の異名を持つトレゲニス邸に出向くことに。


 トレゲニス邸がそのように呼ばれるのは、屋敷の雰囲気は勿論だが、ウェンズディの兄・マンディ(27歳)が吸血鬼のような風貌だからだ。黒い瞳を持ち、黒髪をオールバックにしている。唇は血のように赤い。そして何より、マンディは日中屋敷にこもり、夜だけ外出するという生活をしていた。


 トレゲニス邸に着いて早々、エドガーたちはマンディに会うが、彼はひどく嫌味な態度で今日限り屋敷に近づかないよう警告する。

 ウェンズディによれば、マンディはかつてとても優しい性格だったが、20歳で父親ノーマン・トレゲニスの仕事を手伝うようになってから性格が一変したのだという。


 ノーマン・トレゲニスは二年前既に亡くなっているが、この死も「いわく付き」だ。

 亡くなる前夜、使用人たちはノーマンとマンディが「家宝のガーネット」について激しく言い争っているのを聞いた。また、顧問弁護士が開示した遺言書は、「遺産は全てマンディへ相続させる」という内容だった。


 エドガーはマンディにノーマン殺しの疑いを向けるが、その矢先、顧問弁護士アーデン・ステープルトンが殺される。一方、マンディには確かなアリバイがあった。


 ノーマンとアーデンを殺したのは何者か? 

 その目的は?


「……この事件は根が深いのよね」

 アイスローズは目を伏せた。

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