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64.黒いダイヤのジャック事件⑤

「エドガー様は、何故ここに?」

「そのままアイスローズに質問を返したいが、君は――ああ、降霊術あれか」

 エドガーは自分で自分を納得させた。


 二人はモーティマー宅へ向かう馬車の中にいる。ウォルトはもう一台の馬車に待機していたジョシュと王城病院へ向かった。

 二手に別れたのは、まずはウォルトを王城病院に届け、監禁されていた間異常がなかったか診てもらうため。その間にエドガーたちがモーティマー夫人を迎えに行くことで、最短で親子を会わせられる。


 エドガーは顎に手を当てながら呟いた。

「パリス・ロイロットとウォルト・モーティマーの他にあの庭にいたのは、賭博界隈で有名なサイモンだ。パリスとサイモンはどういう関係だ? パリスとヒューゴの繋がりは『トランプ』から賭博場だと推測していたが……――いかさまをしていたのはヒューゴではなくパリスの方か? 王城に着き次第、調べさせる」


 さすがエドガー、情報処理が早い。


(良かった……! エドガーは体調不良の間も、騎士団の情報から事件について考えていてくれたんだわ。これで【黒いダイヤのジャック事件】は上手く解決しそう)


 ほう、とようやく安堵の息を吐く。

 そういえば、アイスローズは変装したままだ。しかしエドガーには普通にバレている。もはや意味のなくなった色付きコンタクトレンズをそっと外す。カツラも取り、中にまとめていた髪を垂らした。


「私がここに来たのは、イーサン・ベゼルに聞いたからだ」

 エドガーはアイスローズの銀髪を見ながら、最初の質問に答えた。

「……ようやく今日起きることが出来たので、遅れてローマン・ラグーンに行った。病み上がりだから、建物内に入るつもりはない。入り口でアイスローズを捕まえて、話をしたかった」


「ローマン・ラグーンに着けば、入り口にイーサンが一人立っていた。彼は、アイスローズが流しの馬車を捕まえ、ロイロット邸に向かって行ったと話してくれたよ。イーサンはアイスローズを追いかけようとしていた。だから私が代わりに」


(イーサン、言わないでって言ったのに……!)


「『クラスの人に言わないで、と言われましたが、エドガー殿下は別クラスだからいいですよね』と、言われた」

 エドガーはアイスローズの心の声を読んだかのように言う。

「た、確かにそう言ったような……」


 しかも、結局エドガーが来てくれたおかげでアイスローズは怪我をせずに済んだから、責めるどころかイーサンに感謝すべきだ。


「塀の上にいた少年ウォルトに気づいてからの、犬に追われるアイスローズを見つけた時は、肝が冷えたよ」

 エドガーは目を細めた。


「先程は悪かった。断りなく勝手に抱え上げてしまった」

「いえ、そんな。助けていただいて本当にありがとうございます」

「良かったのか、変態にそんなことされて」


(あ、まずい)


 とたんに凍りつく車内。

 全ての内蔵が口から出そうな感覚がする。文字通り手に汗を握った。

 アイスローズは意を決して言った。


「――先日、植物園で失礼なことを言った理由と、謝罪をさせてください」


 下手に言い訳する方がおかしくなる。


(正直に……いかに言いにくくとも、正直に言うのよ)


 アイスローズは声を絞り出す。

「あれは、エドガー様が『春の遠足』がローマン・ラグーンと言う話をされて、」

エドガーの肩が微かに揺れた。アイスローズは頭を下げた。

「同じ学年にもし……エドガー様の好きな女性がいたとしたら、エドガー様とはいえ、その、水着姿を喜ばれるんだろうな、と。だからあのようなことを口走ってしまいました。勝手に妙なことを考えてしまい、大変申し訳ありませんでした」


「それは……」

 エドガーは目を見開き、それから沈黙した。車内に響くのは、馬の蹄の音だけ。おそらく2分は経過したと思う。


「それで、アイスローズはどう思った?」

「え?」

「私を嫌いになった?」


 エドガーは車窓に肘をかけ、珍しく目を合わさないまま言った。


「ま、まさか、そんな! 私がエドガー様を嫌いになるなんて、あり得ませんよ、この先何があってもずっと――っ、きゃあ!?」


 その時、馬車が左右に激しく揺れた。出来るだけ急いでと言ったせいだろう。勢いのあまり、支えようとしたエドガーをアイスローズが座席に押し倒したような形になってしまった。

 

 慌てたアイスローズは、エドガーの胸の上に置いてしまった手を引っ込めようとする。

「も、申し訳ありま……!」


しかし、鋭い青緑色の目がアイスローズを捉えて離さなかった。


「それをどうやって証明できる?」


(それ? 証明? ……――想いを?)


 ドクリ、と胸が大きく打った。

 アイスローズの顔に熱が集まる。エドガーはアイスローズを元いた座席へ優しく戻してから、軽く笑った。

「おかしなことを言ったな。理由はわかった。もう充分だ。アイスローズに嫌われていないなら、それでいい」

「10歳で初めてお会いした時、エドガー様は声をかけてくださいましたね」


 アイスローズは遮るように口を開いた。

 エドガーの表情は見ていない。


『薔薇のような瞳ですね』


「あの時、私がこの髪や瞳の色について周囲から揶揄われていたことをお見通しだったんですよね。今から思えば大袈裟ですが、当の本人わたしには暗黒の日々でした。でも、エドガー様の一言で、私の世界は一気に変わったんです」


「その日から、私は『殿下のお心に残るような淑女になりたい』と思い、生きてきました。当初は15歳のガーデンパーティーでの再会が目標でしたが――……私が今、私でいられるのはエドガー様のおかげです」


 アイスローズは真っ直ぐにエドガーを見つめた。


「10月に社交界デビューがありますわ。そこで私にエドガー様とダンスをさせてください。必ずや、どのご令嬢よりも立派なダンスをして、私の想いが本気であったことを証明してみせます。エドガー様は私の、」



「生きる『目標』だったんです」



 エドガーは目を見張り、瞬間その青緑色に光が走った。

「――アイスローズ」

「とはいえ……私はもう16歳です。10歳の子供じゃありません。いつまでもエドガー様のためなんて、人のせいにしてはいられませんわね。自分だけの目標をつくらないと。ダンスが終わったら、改めてエドガー様に聞いていただきたいことがあるんです。そうしたら、私はもう」

「アイスローズ」


 エドガーは畳み掛けたが、アイスローズは気づかないフリをした。自分でも馬鹿みたい、間抜けに喋りすぎだと思う。ただ、まだ答えを聞きたくなかった。きっと今、口を閉じたら泣いてしまう。


「私、スタンダードなワルツはもちろん、カドリール、カントリーダンス、ラテン系もいくつか習得しているんですよ。どれも自信があります。サンバとマンボと、ルンバとか。闘牛士をモチーフにしたものも。あ、リンボーもお望みでしたらそれなりに行けます」

「え、それは凄いな」

 素直に感心するエドガー。それから彼は肩の力を抜き、今日ようやく本当に笑った。


「楽しみにしている」


 それはいつも通りのエドガーで。


「時期的に早いと思って動いていなかったが、社交界デビューでアイスローズと『ファーストダンス』が踊れるよう、王城側からヴァレンタイン家に申し込んでおく」

「あ、ありがとうございます……?」


(あれ、いま私、とんでもないことを言ったのでは?)


 我に帰ったアイスローズは、みるみる青ざめる。舞踏会で王太子のファーストダンスの相手をするなんてまるで……婚約者候補だ。しかも有力な。だから去年モルガナイト王国でちらりと話が出た時、全力で断ったのに。


「安心したら、急に眠くなってきたな」

「え、」

 エドガーは伸びをした。いつかのジョシュの話から踏まえると、身体が辛くてここ数日まともに眠れていなかったのかもしれない。


「少しだけ仮眠する。おやすみ、アイスローズ」

「!」


 エドガーから「おやすみ」なんて言葉、一生言われることがないと思っていた。一生同じ部屋で寝ることなんてないわけだから。


(くすぐったいような、恥ずかしいような。こんな時に自意識過剰……!)


 挙動不審なアイスローズを見て笑い、間もなくエドガーは静かな寝息を立て始めた。腕を身体の前で組みながらも、安心しきったような寝顔は少しだけ幼く、満足そうに見えた。


 アイスローズはエドガーを起こさないよう、微動だにしなかった。完全に音を立てないように居続けるのは、なかなかに努力がいった。だけど、それでも何故か――……もう望むものなどないような、満ち足りた気持ちになっていった。

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