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59.アイスローズ・ヴァレンタインの失態

 何とかその日の授業を終えたアイスローズは、脱兎のごとくヴァレンタイン家の自室に戻り、勢いのままノートを開いた。今起きている状況について整理するためだ。


(これは本当に……まずい!)


 【黒いダイヤのジャック事件】とは――。

 ある日、モーティマー夫人から騎士団に人探しの相談が入った。夫人は、王城学園大学・芸術コースに通う長男ヒューゴ(20歳)と、次男ウォルト(5歳)と三人暮らしをしていたが、突然ウォルトが行方不明になったのだ。

 最後にウォルトを見たのは兄ヒューゴ。一緒に遊んだ公園からの帰り、大学に忘れ物をしたことに気付いたヒューゴがウォルトを先に家へ帰したという。


 ウォルトが行方不明になってから三日後、今度はヒューゴが「意識不明」で倒れているのが発見された。王都の路地裏で何者かと揉み合いになり、縁石に頭をぶつけたようだった。彼の周りには、一本の鉛筆と見慣れない絵柄のトランプが散らばっていて、その手には「ダイヤマークが黒く塗られたJジャック」のカードが握られていた。


 騎士団は、ヒューゴの周囲に落ちていたトランプにバカラ(カードゲームの種類)の折り跡があったことから、彼が賭博場で「いかさま」をしていたと推測。「いかさま」がバレたことで賭博場の人間がヒューゴを襲い、ウォルトにも何らかの危害を加えたのでは、と。騎士団は賭博場界隈で有名な用心棒・サイモンの行方を探そうとする。


 しかし、騎士団から話を聞いたエドガーには、ヒューゴがそのようなことをする人物と思えなかった。それに何故――ヒューゴは「ただのダイヤのJ」ではなく、鉛筆でわざわざ「マークを黒くしたダイヤのJ」を握っていたのか。


 アイスローズは前世でこの【黒いダイヤのジャック事件】回を読み、初めてトランプのカードに意味があると知った。赤いマークは「昼」、黒いマークは「夜」を、ダイヤマークは「夏・お金」などを意味している。つまり、黒いダイヤであれば「夜・夏・お金」を表すことになる。

 何より、ダイヤのジャックの絵柄は「ヘクトル」――ヘクトルは、トロイア戦争で弟・パリスのために戦った人物――である。


 結論はこうだ。

 時同じくして、エレミア王国では法外な金をかけさせる賭博場「白夜びゃくや」が問題視されていた。そこでは若い貴族がのめり込み、人生を台無しにすることさえあった。男爵令息パリス・ロイロット(20歳)はその一歩手前にいた。


 思いつめたパリスは、同じ大学の別学部にいたヒューゴに対し、ヒューゴの絵を「王城展覧会に推薦すること」と引き換えに「いかさまトランプ」を作るよう、持ち掛ける。

 賭博場「白夜」では、すり替え防止に専用のトランプを使用している。パリスは専用トランプそっくりな「いかさまトランプ」を持参することで、手札とすり替えようと考えたのだ。


 しかし、作成してはみたもののヒューゴは怖くなり、全てを騎士団に報告すると言い出す。それを聞いたパリスは焦り、公園帰りのウォルトを誘拐。人質にとり、せめて借金返済までは協力してほしいとヒューゴを脅迫した。結果、二人は言い争いからの揉み合いになってしまう。


 パリスはそのままウォルトをロイロット邸に閉じ込めていた。意識不明のヒューゴが目を覚ました時の、口止めの材料として。


 エドガーは「黒いダイヤのJ」のカードをヒントに、賭博場「白夜(=夏の南極の夜)」、パリス・ロイロットの存在を割り出した。そして自ら、パリスに「ヒューゴの意識が回復したという嘘」を伝えに行く。

 その日の晩、エドガーの読みどおりヒューゴの病室に忍び込んで来たパリスを……ヒューゴのフリをしてベッドに寝ていたエドガーが――現行犯で、確保する。


 パリスの供述から直ぐにウォルトは解放され、ラストシーンでは無事意識が回復したヒューゴとモーティマー夫人・ウォルトの三人は抱き合うのだった。


「……漫画での事件の時期は、ローマン・ラグーンへの遠足を跨いでいた。今はウォルトが誘拐されヒューゴが意識不明になっている頃。エドガーが体調不良で動けていないとしたら、騎士団は意味なく賭博場の用心棒・サイモンを追い続けることになるわ」


(――私のせいで)


 アイスローズはじっとり汗をかいた額に手を当てる。


 この事件の救いは、パリスに「人の良心」が残っていたことだ。ウォルトはロイロット邸の使われていない離れに閉じ込められていたが、パリスは自分の食事の半分をウォルトにあげていたし、パリス自身が幼い頃に使っていたおもちゃを与えていた。ウォルトには「庭に危険な猟犬を放しているから、絶対に外へ出ないように」と言い聞かせて。

 終盤ヒューゴの病室を訪れた際も、迷いに迷ってだが、ナイフではなくロイロット邸から持ち出したパリス母の「宝石」を手にしていた。お詫びの印として渡し謝罪をしようとしたのである。


 とはいえ、何も関係ないウォルトを誘拐監禁するなんて許されない。


(まずは何より、ウォルトを救出しないと。そしたら彼の証言からパリスを調べることになって、真相は暴かれるはずだわ)


 この事件の後、賭博場「白夜」には捜査が入り閉鎖される。「白夜」は違法薬物の温床でもあったから、これにより沢山の人々の未来が救われるだろう。


(それには、ロイロット邸に近づかないとならないけど)


庭に猟犬が放されているというのはウォルトを逃さないための嘘。猟犬を複数飼っているのは事実だが、いつもはちゃんと小屋に入れられている。


 パリスは今、ヒューゴに拒否されて「いかさまトランプ」を入手できず、困っているはず。だとしたら。


 アイスローズは飾ってある、お気に入りの絵に目をやった。完成させたばかりのエドガーからの花束を元にした油彩画だ。


(パリスは今、絵心がある人を喉から手が出るほど欲しいはず。そして、絵が描ける人間なら……「ここ」にいる)


 今回に限って、多少の無茶はやむを得ない。

 エドガーが出来ないなら、誰がやる。アイスローズは躊躇しなかった。

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