54.王城学園謎解き事件③
「……で、つまりはどういうことなんでしょうか? 古文書の指示は終わりみたいですが」
箱を開いたイーサン。五人は学園にある中庭に来ていた。
ここは真ん中にある広い芝生で、その居心地の良さから生徒の語らいの場になっている。
あぐらをかいたイーサンの膝には、先程のチョコレートの紙箱が置いてあった。旧図書館内は暗く埃っぽいため、ここまで持ち出してきたのだ。
「これは、タイムカプセルだな」
エドガーが答えた。
「言われてみれば、手紙やら文集やら絵が入っていますね。あ、3年1組とありますから、卒業時のものですか」
ヴィダルが中身をいじれば、エレーナは箱の蓋を見る。
「このチョコレートの箱はそんなに古くないですね。だってこれ、今も売られていますよ。私、食べたことがあります」
「古文書の紙自体は古く見えたが、コーヒーにつけるかして、わざと変色させたんだろう。雰囲気をだすために。とはいえ、総じてせいぜい数十年前のものだ。卒業生がタイムカプセルの隠し場所を記したものが、代を重ねるうちにいつの間にか古文書として扱われ、学園内の伝説になっていったんだろう」
「ああ、言われてみたらコーヒーくさい気が」
「匂いしますか!? 数十年前ので?」
エドガーから古文書を渡され、嗅いでみるイーサン。ヴィダルが若干引いている。
アイスローズは隣にいるエレーナに言った。
「お宝が見つかるかと思っていたから、少し残念だったわね。それに、ルーキャッスル先生も関係なかったみたいだし」
「そうですね、でも」
エレーナはアメジストの瞳を緩め、明るい声で言った。
「とても楽しかったです! みんなで冒険者になったみたいでした」
笑顔が眩しい。
それを見て、誰もが動きを止める。
「私も楽しかったわ、エレーナさん」
アイスローズは本心から微笑んだ。
「……俺も、とりあえずは古文書の疑問が解決しましたから」
「よい経験になりました。ですよね、エドガー殿下」
「ああ、そうだな」
エドガーも自然な笑みを浮かべた。
これにて一見落着だ。
(良かった、なんとか締めくくれそう)
気付けば、もういい時間になっていた。日が傾きかけている。
気分良くそれぞれ別れを言い、エレーナとヴィダルは遅れて部活へ、イーサンも生徒会室へ向かって行った。アイスローズも校舎へ戻ろうとした……のだが。
「美術部は今日休みだろう、アイスローズ」
話しかけられて振り向けば、エドガーはタイムカプセルから取り出した「開封された封筒」を手にして不敵に笑った。
「本題はここから、なんだろう?」
✳︎✳︎✳︎
アイスローズとエドガーは、馬車で王都郊外にある村に来ていた。
夕闇の深いグラデーションが空一面に広がっている。人々の姿もまばらで馬車の行き交いもなく静か、ぽつぽつと平家ばかりが並び、広々としていて見通しが良い。
王都で見上げる空よりも、なんだかとても美しかった。
「バタフライピーのソーダみたいな空……」
「バタフライピー?」
エドガーが聞き返した。
「あ、『バタフライピー』という青い花の色素で色をつけているソーダ水があるんです。レモン汁を入れると赤紫に色が変わるんですよ。その移り変わりが凄く好きな色で……ってそれより」
さっき、エドガーがかざした封筒の差出人はジェーン・ハウディ。封筒に宛名は書かれておらず、便箋も入っていない。「開封された封筒」だけが、チョコレートの箱に入っていたのだ。
「ジェーン・ハウディは、女流作家だ。ついこの間、この村に移住したと新聞記事になっていた。彼女の年齢は歴史教師レイン・ルーキャッスルと同じくらいだ。同学年と考えて、不自然じゃない」
「……」
「アイスローズは知っていたな? レインがタイムカプセルの中にあった手紙を読んで、ジェーンに会いに来たことを。例の降霊術か」
「……お手上げですわ、エドガー様」
アイスローズは目を閉じ、降参するよう両手を上げた。
そうして、エドガーがノックした、ジェーンの自宅のドアからは――、ジェーンとレインが仲睦まじく寄り添って、出迎えてくれた。
【王城学園謎解き事件】、正しくは【歴史教師失踪事件】の顛末はこうだ。
レイン・ルーキャッスルとジェーン・ハウディは、今から約40年前、王城学園の同級生だった。当時二人は、ジェーンが大柄で勝ち気、レインは小柄でマイペースな性格、真逆なのに何故だか気が合う「異色のコンビ」だった。周囲が揶揄うごとにジェーンは頑なになり、二人は否定しきりだったが……しかし実際は、心の中では深く、想い合っていた。
ジェーンは行き場のない想いへの贖罪として、本当の気持ちを手紙に綴り、タイムカプセルに入れた。レインはタイムカプセル作成時の最終学年はジェーンとクラスが別で、隠し場所を知らなかった。
そのまま卒業式をむかえ、ジェーンは作家の道へ、レインは教師と二人の進路は別れた。レインは全国の学校に功績を残してきたが、定年までの残り数年は、母校で過ごすことを希望した。そうして、生徒会室の古文書の存在を知ったわけである。
最初にレインが古文書に興味を持ったのは、少年のような好奇心からだったが……ジェーンの手紙を読んだ彼は、居ても立っても居られず、手紙だけ持って上履きも履き替えないまま、彼女に会いに来たのである。
レインの想いは40年を超えてなお、色褪せることはなかった。ジェーンも同じで――、彼女もまた、独り身を貫いていたのである。
「いやはや、生徒に迎えに来られるとは」
「レインは昔から詰めが甘いんですよ」
ジェーンはすらりとした長身にごく淡い緑目の女性だ。彼女に手厳しく突っ込まれても、小柄で中年の男性・レインはニコニコした表情を崩さない。
ログハウスの室内はこぢんまりとしていて清潔だった。手作りのキルトや、赤いギンガムチェックのテーブルクロスが可愛らしく映え、木目を生かしたインテリアが雰囲気に合っている。何より空気感が温かく、居心地が良かった。
エドガーは、レインが彼女に会いに来たことは理解していたが、理由が恋愛感情とまでは確信していなかったため、少し驚いていた。しかし、お茶が出てくる頃には、テーブルを挟んだソファーでイチャイチャする二人に慣れたようだ。アイスローズはここに来た経緯を説明した。
「もう、ほんの少しも待ちきれなかったんです、40年も経っていましたから。ジェーンに会って彼女の気持ちが変わっていても、それはそれで問題なかった。ただ……あの時、僕たちは同じ瞬間、同じ想いをしていたことだけは、どうしてもジェーンに伝えたかったんです」
ジェーンは照れを隠すように、頬に手を当てる。
「自分の姿が変わっていたことは、気にならなかったの? 髪の毛だって、こんなに白髪が混じって」
「構わないさ……というのは言い過ぎだけど、ジェーンに会いたい気持ちが先行した。実際、可愛いままの君に会えたしね」
「まあ、レインだって、その目の色の深さはちっとも変わらないわ!」
「……ご馳走様です」
エドガーはティーカップを見ながら気まずそうに呟いた。お茶に対して言ったのか、二人に対して言ったのか。そして続ける。
「しかし、ルーキャッスル先生。無断欠勤は良くないですね。おそらく明日には王城学園から騎士団に連絡が行き、貴方の捜索が始まるでしょう。お二人だけでゆっくり再会を楽しんでいただきたいのは山々ですが、」
エドガーはアイスローズをチラリと見た。
それはまるで、アイスローズの気持ちを代弁するかのように。
レインは頭を下げる。
「エドガー殿下、お恥ずかしい限りです。過ぎた時間が惜しく一刻も早く埋めたくて、また嬉しさが先行するあまり、ジェーンの側を離れられなかった。今夜中には学園に戻り、事情を説明するつもりです。アイスローズ嬢にもご心配をおかけし、申し訳ありませんでした」
先々を考えれば、騎士団が出動せずに済んだわけであり、このタイミングでレインが帰宅するに越したことはない。感情を優先し、謎解きを後回しにしようとしたアイスローズも反省しかない。
別れ際、レインとジェーンはわざわざ外に出て、アイスローズたちが馬車に乗り込むまで見送ってくれた。レインは何気なく、アイスローズに手を貸すエドガーを見ていたが……ふと合点が入ったような、とても優しい――、懐かしい、愛おしいものを見るかのような表情になった。
「何か?」
気付いたエドガーは聞く。その視線につられてアイスローズもレインを見る。
「あ、いや。このようなことに巻き込んでしまい、大変呆れられたでしょうが……こんなしがない教師でも、お二人に自信を持って伝えられることがありますよ」
「?」
「『初恋は実らないもの』と言いますが、そうではないこともあるのだ、と」
レインの言葉に、アイスローズとエドガーは目を見開いた。
「レイン……」
「大丈夫だ。直ぐに正式な休暇とこの村への引越しの手配を取る。また一緒に過ごせるさ」
伸ばされたジェーンの手を握りながら、レインは安心させるように言った。
(あ、アツアツだわ)
こうして、赤面するアイスローズと咳払いするエドガーに見守られ、【歴史教師失踪事件】通称【王城学園謎解き事件】は今度こそ、幕を閉じた。
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