53.王城学園謎解き事件②
早速、廊下に戻ってエドガーたちへ報告する。ヴィダルは感嘆した。
「さすが、エドガー殿下です。しかし、何故ガラス窓のことがわかったんですか?」
「エドガー殿下こそ、この女子トイレに入ったことが……?」
不快そうに眉を寄せるイーサン。
「そんなわけあるか。『灯点し頃』とは夕暮れのことだ。それまでに、とあるから、太陽光が関係すると思った」
エドガーは疲れたように答えた。
なるほど、と皆で納得する。ガラスに透かした古文書上で星印が示した場所は、学園敷地内の今は使われていない旧図書館であることがわかった。
全員で一度校舎から出て向かう。
下校中の生徒たちに混じり、中庭を横切って着いた旧図書館は、二階建てだった。一階中央部分に入り口があり、左右から中央へ向かって伸びる階段から、直接二階のバルコニーへ入れる作りをしている。壁はアイボリー色で、屋根はくすんだ赤色だった。
「鍵が閉まっているかと思いきや、開いてますね」
イーサンは入り口のドアノブを手にしながら言う。辺りを見回していたエドガーは何か拾ったようだ。
「ネクタイピンが落ちていた。それなりの年齢の紳士へ向けたデザインだ。レイン・ルーキャッスルのものでもおかしくない」
「じゃ、じゃあ、ルーキャッスル先生は……中に?」
ヴィダルはゴクリと喉を鳴らす。
「古文書の指示は、次は『下の下 七つの六番目 扉を開け』になりますね。地下室があるんでしょうか?」
エレーナの問いにエドガーは頷く。
「マッチを持って来た。地下室に床下収納でもあるのかもしれない」
この建物は土足OKとされていた。慎重に中へ入る。
窓はカーテンが閉められ、その大部分は外から板が打ち付けられていた。室内は暗い。先頭からイーサン、ヴィダル、エレーナとアイスローズ、一番後ろがエドガーだ。
ふいにエレーナが静かなことに気づき、アイスローズは見る。彼女は先程までと異なり、何だか様子がおかしい。
「エレーナさん、大丈夫? 気分が悪いの?」
「! あ、違うんです。元気なのですが、実は私――」
「うわあっ!?」
いきなりヴィダルは声を上げ、後ろに飛び退いた。それから顔の前を払う。
「失礼いたしました、クモがいたもので」
「クモ、蜘蛛!? や、やっぱり!! いやあっ!!」
珍しく叫び声をあげたエレーナは、勢いよくアイスローズに飛びついた……。
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「エレーナさんは蜘蛛が苦手なのね。確かによく見たら蜘蛛の巣だらけだわ」
天井が吹き抜けた比較的明るい場所で、一旦立ち止まる。アイスローズは上を見回しながら言った。
「虫はほとんど平気なんですが……申し訳ありません。何故か蜘蛛だけは、どうしても受け付けられなくて」
目を潤ませながら、面目なさそうにするエレーナ。これでは無理はさせられない。
「一緒に一度入り口まで戻るから、外で待ってる?」
優しく聞いたアイスローズだが、ここで意外な人物が口を開いた。
「俺の真後ろにぴったりついてくればいいですよ。俺は上背がありますし、蜘蛛は平気ですから」
イーサンはぶっきらぼうに、しかも急ぐように視線は前へ向けたままだったが、続けて言った。
「帰りたいなら別ですが。ここまで来たならば、あなたも先が気になるでしょう」
ぽかん、とするエレーナ。
(あ、やっぱりなんだかんだ優しい人なんだわ、イーサン……)
「え、あ、ありがとうございます、イーサン様……?」
驚いていたエレーナも、直ぐにアイスローズと同じことを思ったようだ。イーサンを複雑そうに見つめていた。
話し合いの結果、イーサンの真後ろがエレーナ、両脇をアイスローズとエドガーが固め、ヴィダルが背後を守る、というフォーメーションで進むことにした。
「そうだわ、気分を変えて、楽しい話をしたらどうかしら!」
アイスローズは閃いたように手を叩き、明るく言った。
「例えば、綺麗なものについてとか。以前パトラと行った、郊外のラベンダー畑は見ごたえあったわ。香りもそれは素晴らしくて。あ、ラベンダーには虫除け効果があるらしいけど、例外としてヨトウムシという虫がつくことが――」
「アイスローズ、結局虫の話になっているぞ。気分が変わる話……、そうだな、1000までに素数(1とその数字以外では割れない数)はいくつある?」
「エドガー殿下、それはそれで少しマニアックすぎるような」
ヴィダルが小さな声で突っ込む。
「――168個ですわね」
「アイスローズ、正解だ」
「凄いです! アイスローズ様!!」
結局、わらわらと進んで行く中――みんなの気を紛らわせた話No.1は、イーサンの「あ、俺ずっと上履きのまま来てた」だった。
たどり着いた旧図書館の地下室は、がらんとしていて空の本棚が並んでいるだけだった。床には板が貼られていて、収納庫は見当たらない。――レイン・ルーキャッスルの姿もない。
「……どういうことでしょうか? 綺麗に蜘蛛の巣が残っていたから、最近人が来た気配もない。古文書では『下の下 扉を開け』でしたよね」
イーサンは首を傾げて言う。
「いや、『七つの六番目』が抜けている、それから『扉を開け』、だ」
床の埃をじっと見るエドガー。
「イーサンのいう通り、埃にも我々以外の足跡はない。おかしいな。だとしたら、ルーキャッスルはどこへ行った? 大体、七つ目の六番目だから――」
エドガーは何かを思い出したように、目を見開いた。
「そうか。この旧図書館は、かつて二階バルコニーが正面玄関だったと聞いたことがある。一階から見た『下の下』は『地下室の床下』になるが、正しくは、二階の『下の下』……つまり、『一階の床下』を示していたんだ。一階の床に扉があるはずだ。『金属製』の」
ヴィダルは賛同しながらも、聞いた。
「その玄関の話、そういえば私も聞いたことがあります。でも、何故『金属製』の扉だと?」
「七つとは、おそらく曜日を指す。六番目だから『金』曜日だ。謎解きに数字の七が出てきたら、まず曜日を思い浮かべるのが定石だからな」
エドガーの話にイーサンも納得したようだ。口に手を当てながら呟いた。
「なるほど。エドガー殿下、そこまで分かっていたら、もっと早く思い出してくださるとありがたかった――痛っ!?」
(そんな元も子もない……)
イーサンの背中を誰にもバレないように小さく突いたのはアイスローズだ。
当のエドガーたちはそんなことより、先が気になるようで一階へ上がっていく。
一階にある金属扉の床下収納庫は、直ぐに発見できた。エレーナが踏んだ音が響いたためだ。
「誰かが最近、開いた形跡がある」
エドガーはひざまづき、周辺の埃を指でなぞった。イーサンとヴィダルが取手を強く引き上げる。
「開けますね!」
みんなが固唾をのんで見守る中、扉が開くと――深さ50センチ×幅50センチ位の空間に――……深緑色のチョコレートの紙箱が一つ、入っていた。
2/28 エレーナのセリフを一部変更しました。




