52.王城学園謎解き事件
(これが古文書! 漫画のイラストと全く一緒。ちょっと感慨深い……)
イーサンに連れて行かれた先は、生徒会室だ。まだ誰もいない。その古文書は額縁に入れられ、壁にかかっていた。年季が入り茶色く変色しているし、紙の端はボロボロになっているが、四角い枠線に囲まれた文字はなんとか読み取れる。
去りし日もの
いかにして? 一番はじめ
方向を示す
首から上 灯点し頃までに これは
序章
下の下 七つの六番目
扉を開け
今
歴史が蘇る
「いつからここにあるか、先輩たちも分からないと言っていました」
イーサンは額縁を壁から下ろす。それを見ながら、アイスローズは思い付いた。
(そうだ! 次の『フェーズ』を知れば、イーサンは手を引くかもしれないわ)
アイスローズはごく当たり前かのように、さらりと言った。
「『最北 女子トイレ』、ですわね」
「は?」
イーサンは怪訝な顔をする。アイスローズは、古文書をガラスの上から指で下に向かってなぞった。
「たてよみ、です。古文書の一番左の文字を一行目から縦に読むと、『さいほく じょしといれ』になります。『一番はじめ方向を示す』とは、そうしろという意味なんじゃないかしら」
「た、確かに」
「『去りし日のもの いかにして?』とは、昔のものがどこかに隠されていて、その見つけ方がこの古文書に書かれている、ということなのでは」
「なるほど、一理ある……」
イーサンは感心したように言った。これはちょっと気分が良い。
(まあ、漫画でエドガーが解いていたんだけどね)
「いずれにせよ、女子トイレとのことですから、この先は私に任せていただいてイーサンは」
あちらに、と生徒会室の机を示すも、彼は反対の廊下側を見ていた。
「この建物は、学園内で北側になります。最北になる女子トイレは、すぐそこにあるやつじゃないでしょうか? 今誰も使っていないように見えます」
「え、イーサン、入るつもりですか!? さすがにまずいのでは? ちょ、聞いてる!? イーサン!?」
生徒会室から飛び出していくイーサン。アイスローズが呼びかけるも、刺さっていない。必死に追いかけ、力づくで引き留めていると――後ろから聞き慣れた声がした。
「何をしている?」
✳︎✳︎✳︎
エドガー、エレーナ、ヴィダルは、担任に頼まれて進路指導室に資料を運んでいた。その帰り、目に入って来たのは女子トイレに入ろうとするイーサンと、彼に中へ押し込まれているアイスローズ。
客観的に見れば、この光景は。
アイスローズは慌てて言った。
「ご、誤解ですわ!! 変なことをされている訳じゃなくて! エレーナさん、剣みたいに握ったモップを戻して! エドガー様はその握りこぶし、まさかグーパンするつもりですか!? ヴィダル様も、その雑巾と得体の知れない水が入ったバケツを下ろしてくださいませ!!」
校内では帯剣は禁止されている。アイスローズは各々イーサンに攻撃しようとする三人をようやく止めて、ここに来るに至った理由を急いで説明した。
「――そういうことだったんですね。でしたら、私とアイスローズ様が中を見て来ます」
エレーナはまだ少しだけキレながらイーサンへ言う。
アメジストの濡れたような瞳・キラキラさらさらの黒髪に、エンジ色の制服がとても似合う。怒った顔をしていてもエレーナはこれ以上なく可愛らしい。
ヴィダルは首を傾げる。
「それにしても、『首から上 灯点し頃までに これは序章』とはどういう意味でしょうか? 古文書の流れ通りに行けば、次はこの部分を読み解くことになりますが」
「そもそも、この古文書と歴史教師の失踪が絡んでいるかもわかりませんし」
アイスローズは消極的な姿勢を変えない。
少し考えていたエドガーは、古文書から目を離さず言った。
「この女子トイレに窓はないか? 高さは首から上。その窓ガラスに、この古文書を透かすように当ててみて欲しい」
(! エドガー、やっぱり鋭い)
「あ、トイレの手洗い場の上に、明かり取り用のステンドグラスがありますね! その一部分が丁度古文書サイズの、四角い透明ガラスになっています」
女子トイレを覗きながら、エレーナが答える。
「是非、やって見て欲しいですね」
「イーサン、君はもうアイスローズの半径1メートル以内に入らないでくれ」
アイスローズに古文書を渡そうとするイーサンを、エドガーはじとっと睨む。
エレーナはアイスローズへ振り向きながら、笑顔で言った。
「何だか、宝探しみたいで心躍りますね! アイスローズ様とクラスが分かれてしまい、何かを一緒にすることもなかったですから、今とても嬉しいです」
アイスローズが周りを見れば、ヴィダルも心なしかワクワクしている。
(そういえば……学園に入学してからこのメンバーで何かやるのは初めてよね)
エドガーはイーサンとしばしやり合っていたが、アイスローズからの視線に気づくと、ふわりと表情を和らげた。
(――楽しそう)
そうして、キュンキュンする気持ちが湧き上がる。我ながら方針がブレブレだ。「恋をしながら賢くいるのは不可能」と、ある偉人が言っていたらしいが、本当かもしれない。
(ああもう! ゆっくりさせてあげられなくて、ごめんなさい。でも、今の貴方ならきっとわかってくださいますね……? レイン・ルーキャッスル先生!!)
アイスローズは心の中で詫びた。
エレーナが古文書を女子トイレのステンドグラスに当ててみると、外からの光によって紙が透ける。
「あれ? 丁度この古文書の裏に位置する窓ガラスの汚れ……ペンキみたいです。星形になっていますね」
「エレーナさん、この古文書の文字を囲っている枠線、よく見たら真四角じゃないわ。枠線自体も、何かを表しているんじゃないかしら。例えば……この線の窪みは裏門を表していて、『学園の外周の形』になっているとか」
「あ、わあ、凄いです! アイスローズ様! なるほど、だとしたら、この星形は王城学園内での場所を示している……?」
エレーナは目を輝かせながら、指を差す。アイスローズは微笑んだ。




