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44.王太子少年の推理ミス②

 エドガーは分かってくれたのだ。だから、護衛たちがあの部屋にたどり着く前に、誰よりも早くアイスローズを見つけてくれた。

「え、どういう意味ですか? というか、アイスローズ嬢は、自分が狙われていたことを予感していたんですか?」

 話についていけてないジョシュが説明を求めるが、アイスローズはそれよりも大切なことを、今更思い出す。

「そういえば、エドガー様こそお顔に傷が……!」

 彼の片頬には、白いガーゼのようなものが小さく貼られていた。

「かすり傷だ。しばらく自分への戒めにするよ」

 エドガーはなんでもないことのように、軽く笑う。


「ところで、アイスローズ。私は君に改めて聞きたいことがある」


 いきなり、エドガーはかしこまった様に言う。ジョシュは訳を知ったような顔で、「あ、仕事があることを思い出しました」とアイスローズを残し、部屋を出て行った。


 白を基調とした病室には、アイスローズとエドガーの二人だけになる。病院特有の薬品の匂いがほんのりと香っていたが、不思議と穏やかな気持ちになった。

 とはいえ、エドガーが次に発するであろうことが分かっていたから、アイスローズは言い訳を必死に考えるために俯く。


 ――ラブレター暗号について、何故アイスローズが知っていたか、と。


「本当に、薔薇のような瞳だな」

「!」

 予期しないセリフに、弾かれたように顔を上げた。

「5年前、アイスローズにはじめて会ったときから思っていた」

「エドガー様、覚えていて……!?」

 アイスローズの表情を見て、エドガーはいたずらそうに笑った。たが、直ぐに真剣な表情になる。

「もう二度と、その目が見られないかと思うと、生きた心地がしなかった」


「アイスローズ、君は……」

 エドガーはベッドに手をつき、アイスローズを覗き込んだ。


 ――大好きな、全てを見通しそうな青緑色。


「君は、降霊術をつかうのか?」

「はい?」


 予想だにしないエドガーの発言に、アイスローズは目が点になった。

 相当、間抜けな声が出ていたと思う。

 

 驚きのあまりに動けないアイスローズに、エドガーは畳み掛ける。

「アイスローズの部屋にあっただろう。『科学の観点から考察する降霊術(全13巻)』という本が。春のガーデンパーティーの後、君の部屋に見舞いに行った時、目に入った」

「あ、ああ、あれは!」


(パトラだ!! パトラの趣味で私の部屋に持ち込まれていたやつ! やっぱりバッチリ見られていた!!)


「私は、非科学的なものは信じない。だが、状況から非合理的なものを差し引いた時、残るのは一つだ。グリーンアップル邸で出会った時から、君はこれから先に起きることを、いつも知っていた」

「!……」

「バーサの事件もヴィダルの件も、パトラについても。おそらく、モルガナイト王国での出来事も。だから、ラブレター暗号のことも知っていたんだ」

 ゴクッ、とアイスローズの喉が無駄に大きな音で鳴る。


「それは、降霊術によるものではないか? 呼び出した霊的なものに告げられて。それなら君が知っている未来を人に言えないことも、説明がつく。何らかのシバリがあって、言おうとすると体調が悪くなることも」

「こ、言葉もないわ……」

 アイスローズはやっとの思いで口を開き、思ったままのセリフを返した。


 大体違うけど、大体合っている。

 途中式が違うけど、答えがあっているみたいに。


「これからも、君から事情を話してくれなくてもよい。アイスローズが今まで、皆を守ろうとしてくれたことはよく分かった。本当に――ありがとう」


「エドガー、」

「長い間、一人でよく頑張っていた」


(あ、)


 ――それは、アイスローズが自分でも分からないうちに、欲しかった言葉かもしれない。

 その証拠に、自分の視界が滲んでいることに気づいてしまったから。


「パトラに諜報を頼んだとき、彼女が教えてくれたよ。アイスローズから言われたと。『私が貴方の「心」を守ったんだとしたら、貴方は私の「心」を守りなさい』とね」

「ええ、! そんな話まで」

 エドガーが短期間にあのパトラの心を開いたことも、意外だった。

「私は君に守られていた。だから、私にもアイスローズの心を守らせてほしい。今はまだ至らないが、一生をかけて努力する。君が背負っているものは、私も背負いたいんだ。君は私の、」


 なんだかまだ、気を失っているみたいに現実感がない。エドガーは一度目を伏せ、それから再びアイスローズを捉え、思い切ったように言った。


「アイスローズはいつも私の、『考え』の真ん中にいるんだ」


 このセリフ、以前にもどこかで聞いたような。

 涙が溢れそう、アイスローズが思っていると、エドガーに引き寄せられ、気づけば彼の肩に顔を押し当てていた。エドガーは、アイスローズが自分の泣き顔を見られたくないことを知っていたのだろう。


「……ありがとう、エドガー」


 所在なさげにしていた片手をエドガーの背中に添えると、彼が微笑んだことが気配で分かった。


(肩を貸してくれたことに対してだけじゃ、ないの……)


 アイスローズの気持ちが伝わったのか分からないが、エドガーはゆっくりとあやすように、頷いた。

次回、最終回。

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