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42.悪役令嬢殺人事件④

「エドガー様!?」

「ちょっと距離感を誤った。遅くなってすまない」

 息を切らしたエドガーは、頬の血を拭いながら真顔で答えた。


「エドガー殿下、誠に申し訳ありません」

 ジイは驚いたように目を見張っていたが、直ぐに我に返ると、その場にひざまずいた。

「お顔を傷つけた罰は、後ほどいかようにも受けます。しかし今は、彼女から離れるよう進言いたします。アイスローズ嬢はエレーナさんの怪我のショックをうけ、乱心されているのです」


「ジイ、私は怒っている」

 エドガーはよく通る声で言う。

「全てはタイベリアスのためか」


 ジイはヒュッと小さく息を飲んだ。


「タイベリアス伯爵家……? 船見パークのお墓に関係している? ゲホッ」

 アイスローズの問いかけにエドガーはジイを見つめたまま答える。

「そうだ、アイスローズのおかげで色々見えた」

 エドガーは抱き抱えていたアイスローズをソファーに柔らかく下ろした。

 おかげとはどういう意味か気になったが、今はそれより。


「……エドガー様の体調は?」

「私は大丈夫だ。普段から様々な毒や薬に身体を慣らしている。作用するのは遅く、時間も短い」

 エドガーは、アイスローズの流血した手に素早くハンカチを撒きながら、続けた。

「私の部屋に差し入れされたココアに、睡眠薬を入れていたのだろう。だから、エレーナやヴィダルは早々に眠った。私はかなり後になってから口にしたから、時差が出たんだ」


「アイスローズは確か、ココアを飲まなかったな。新しくアイスローズに何を飲ませた? 彼女の解毒剤を出せ。ジイの性格からして、懐あたりに手持ちしているだろう」

「……」

「ジイは船見修道院のクリスティーナ・ロイド、いや、クリスティーナ・タイベリアスに奨学金を援助しているね」


(待って、クリスティーナ?)


「クリスティーナの本当の名前は、タイベリアス?」

「ああ、調べたよ。クリスティーナは、タイベリアス伯爵とアデレード夫人の娘だ。夫妻が病気で亡くなった後、修道院に入っている」


「アデレードは病気ではなかった! あれは、殺されたも同然だ!!」


 ジイは声を荒げた。フーっフーっと肩で息をしており、怒りが彼の全身から溢れていた。


「ジイは、アデレード・タイベリアスとどこで接点があった? 話しぶりからすると、アデレードがタイベリアス伯爵と結婚する前か」

 ジイは返事をせず、エドガーを鋭く睨んだ。ジイがエドガーにそんな目をするのを、アイスローズは初めて見た。それでもエドガーは顔色一つ変えず、尋ねる。

「タイベリアス伯爵は、マードック家とホールダー家に嵌められたというのは事実か?」


 ジイは、しばらく間を置いてから、観念したように両掌りょうてのひらを見せた。

「……エドガー殿下のことですから、すでに粗方おわかりなのでしょう。当時の役人たちに殿下と同じくらい……いや半分でも能力があれば、どんなにか良かったでしょうね。アデレードに関することは、彼女の名誉に関わりますから、私の口から直接お話しさせていただきます」

 それが、アイスローズの解毒剤を渡す条件だという。王城病院にアイスローズを抱えて行き、盛られた毒を分析するより、あるいは腕がかなり立つジイに切り掛かり、そこから押さえ込むより早いとエドガーは判断したようだ。

 ジイはエドガーに座るように促したが、エドガーは拒否する。間もなく、彼は語り出した。


「あれは、今から15年以上昔、私がモルガナイト王国へ公安貴族の任務で行くまでの船旅です。そこで出会ったアデレードは私と同じ18歳でした」


 ――その船でジイとアデレードは互いに色々な話をしたそうだ。そうして、次第に二人は惹かれ合う。しかし、アデレードはかなり歳上のタイベリアス伯爵と婚約が決まっていて、結婚前最後の外遊に来ていた。彼女の家には膨大な借金があったが、タイベリアス伯爵が肩代わりすると共に、「結婚後は伯爵夫人として窮屈なこともあるだろうから」と外遊資金を出してくれたのだと言う。


「タイベリアス伯爵は人柄がよいと有名でしたし、彼女はいたく伯爵に感謝していた。私たちは、彼女が幸せになれると信じて疑いませんでした。貴族にとって『恋』と『幸せ』は別物です。だから……彼女を連れ去って駆け落ちするなど、夢のままにしたのです。最後に私がアデレードを見たのは船を降りる時で、彼女からアデレードの横顔を形どったカメオをもらいました」


 あの時、私がアデレードを連れ去っていたら、とジイは顔を片手で覆った。握りしめた反対側の手は、色が変わるほど力が入っていた。


「少なくとも、アデレードの新婚生活は良いものだったと思いたい。クリスティーナが産まれたことを人づてに聞き、私も大変喜びました」

 しかし数年後、ジイのもとにアデレードの侍女であったマニラ・ルルーという女性が現れたのだと言う。

「マニラはアデレードのその後について話してくれましたが、アデレードはこの時点で亡くなっていた」

「!」

 アイスローズの悲鳴にも似た息を呑む音に、ジイは自嘲するように笑った。

「結論から言うと、タイベリアス伯爵家は破綻しました。マードック子爵とホールダー男爵がタイベリアス伯爵を誑かし、先物取引に手を出させていたのです」


 タイベリアス伯爵の最大の欠点は、酒を飲むのではなく飲まれることだった。親族やアデレードが止めに入っても、マードックとホールダーは、タイベリアス伯爵に酒を飲ませるのをやめなかった。二人は言葉巧みに、タイベリアス家に入り込んだのだ。


アデレードが心労から倒れても、もはや正常な判断が出来なくなったタイベリアス伯爵は、アデレードとクリスティーナを屋敷に残し、帰らなくなったという。


「アデレードが亡くなり、間もなくタイベリアス伯爵本人も肝臓を悪くし、亡くなりました。残ったわずかな財産は、後から調べたところ、クリスティーナへの遺留分以外マードックとホールダーに行っています。おそらく二人が伯爵を酔わせて遺書を書き換えさせたのでしょう」

 エドガーは痛ましげな表情をジイに向ける。

「だから、復讐としてメアリ・マードック嬢とモード・ホールダー嬢を狙ったのか」

「彼らは当時、タイベリアス伯爵にも自分たちと同じくらいの娘がいると知っていて、なお容赦なくタイベリアス伯爵を破滅させた。当然の報いを受けるべきです」

「しかし、娘たちに罪はない」

 エドガーの言葉を、ジイは肩をすくめて流した。


「クリスティーナを船見修道院に入れたのは私です。その際、彼女にアデレードの形見であるカメオを渡しました」

「あ、あのクリスティーナのブローチはアデレード様……」

 アイスローズの呟きにジイは頷く。

「クリスティーナの財産は、彼女が成人するまで私が預かっています。それまでは、私の私財から奨学金として支援を。ちなみに、マニラ・ルルーも同じ修道院で修道女をしています。……ああ、イベントのアイスローズ嬢のことを褒めていましたよ」


「貴方がクリスティーナの『脚長おじさん』だったのね。奨学金の振込日にクリスティーナが外出すると知っていた。だからあの日、北の村で襲えなくなっても、実行できた」

 ジイは否定しないことで、アイスローズを肯定した。

「でも、どうしてクリスティーナまで狙ったの?」


「アデレードは、今でいうアイスローズ嬢のような令嬢中の令嬢です。あのような最後を辿るべき人ではなかった。アデレードの家が有力貴族でさえあれば、当時王太子であったオーガスト陛下にさえ、釣り合いました。それだけ誇り高く、優しく賢く――無邪気でもあり、誰よりも美しい女性ひとでした」


ジイはエドガーを真っ直ぐに見た。


「だから、私はクリスティーナを、エドガー殿下に『出会わせたかった』のです」


「……私をクリスティーナに見舞いさせることが本当の目的だったというのか? メアリ嬢とモード嬢はそのための布石か」

 エドガーが言う。


「だから、エレーナまで巻き込んだのか。エレーナは『踊る亡霊』の正体を目撃しかけたから、攻撃した」

エドガーは、白い綿のようなものをかざした。倒れていたエレーナの側に落ちていたと言う。

「鳩の羽だ。伝書鳩に白い布か何かを被せ、亡霊に見せかけたんだろう。ジイの伝書鳩は格別優秀で、指示通りに動いたり鳴いたりするからな」


「そして、アイスローズは公爵令嬢で立場的に、私に一番近い女性だったから排除するつもりで。しかも、核心にたどり着いたからこんなこと――許されるわけがないだろう!」

「最初は脅かすだけのつもりでしたがね。ご名答です、エドガー殿下」

 ジイは数回拍手をした。

 エドガーは剣の鞘に手を掛ける。

「クリスティーナに、エドガー殿下がお会いさえすれば、間違いなく惹かれるはずです。あの娘こそ、殿下の隣に並んで、誰よりも幸せになるべきなのです。アデレードへの慰めとして、彼女に本来与えられるべきだった幸福を、せめてっ……!!」


 一瞬、室内は静まり返った。

 ジイは俯いたまま、微動だにしなかった。


「ジイ、私をクリスティーナを預けるに値する人間と見てくれたことは、素直に嬉しいよ」

 エドガーの返答に、ジイは顔を上げて目を見開いた。

 エドガーはいよいよ剣を抜く。

「しかし、私が誰に惹かれるかは、人が決めるものではない。私が決めるものでもないようだ。気が付いたらもう、追っている」

 エドガーはアイスローズに視線をやった。

 ジイは驚いたように固まっていたが、やがてふっと笑い、目を閉じた。

「これは意外だ。なるほど、遅かったですか」


「エドガー殿下がそのような人に出会う前に、実行すべきでした」


 ジイのまぶたの裏に、初めて出会った時のアデレードが鮮やかに浮かんでいたことは――……アイスローズたちが知るよしもない。


「エドガー殿下に使用した薬は、エレーナさんたちと同じく眠気が強くなるだけのものです。しかし、アイスローズ嬢に使用したものは半日で死に至ります」

アイスローズは急激なだるさに襲われ、先程から咳をするだけで精一杯になってきた。二人の会話を聞いている余裕も、少し前からない。

「とはいえ、もう私の計画は破綻しました。お約束どおり解毒剤はこちらに」

 ジイは言うなり、解毒剤の小さく茶色いガラス瓶を室内の奥に向かい思い切り投げた。自分は窓枠に足をかける。


「っ」


 エドガーは、手にかけていた剣を窓から去ろうとするジイに向かって投げつけた。その後瞬時に、身体を反対方向のガラス瓶にひるがえし、走る。


 ――ダンッ!!


「ぐうっ……!」


 エドガーの剣はジイの右腕を深く掠り、彼の血をつけて窓枠に刺さった。

 エドガーがガラス瓶を空中でキャッチするのと同時に、ジイはうめき声を上げながら、窓の外へ倒れるように落下した。

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