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41.悪役令嬢殺人事件③

「ご気分はもうよろしいのですか?」

「はい、ありがとうございます」

 アイスローズは力強く頷いた。彼女はジイの待つ部屋に戻って来ていた。


(大丈夫)


 ソファーで用意されていたハーブティーを一口飲めば、心が落ち着いた。何より、エドガーは一貫してアイスローズの味方であったことがわかり、なんだか身体の内側から温かいものが湧いてくるようだった。


(落ち着いて、アイスローズ。状況を整理して、もう一度よく考えるのよ。私はそもそも、この漫画シリーズのファンだったんだから! 少しでも、事件解決の役に立つように。エレーナやクリスティーナ、メアリ嬢・モード嬢のかたきを取るために)


 アイスローズは口に手を当て、考える。

 エレーナは限りなく強い。エレーナに怪我をさせることが出来る人間は、エドガー並みに腕が立つ者であるはず。そもそもエドガーの部屋でアイスローズが悲鳴を上げたとき、ヴィダルは目を覚ましたが、エレーナは眠ったままだった。何故。


(エレーナは薬を盛られた? 用意された飲み物で? そうだとしたら、犯人は王城サイドの人間ということになってしまうけど。あれ、となると、さっきのエドガーの体調不良は……)


 一見、現実的でなさそうだが、【悪役令嬢殺人事件】は「王太子少年の事件日和」の最終回を飾る。犯人は只者ではないだろう。


(ポッと出の犯人では、読者は――というか私だったら納得しない。連載半ばから登場している人物?)


 犯人が最終回で捕まったとしたら、続編である「王太子探偵という戯れ」には登場しないだろう。「王太子少年の事件日和」に出ていて「王太子探偵という戯れ」に出てこなかったメイン寄りの人物。そんな人は――。


(いる、一人だけ。その条件を兼ね揃えた人が)


「……けほっ」


(? 喉の調子が……)



「もう、お飲みにならないのですか?」


 ゆっくりと顔を上げると、その声の主は、部屋の隅で静かに佇んでいた。

 アイスローズがいきなり立ち上がっても、栗色の髪と瞳に薄青いレンズのモノクルをした公安貴族――ジイ・クリードは動かなかった。

 

「――貴方、エドガー様に何をしたのですか」


 アイスローズの視線は、ジイを射るように捉えた。


「? アイスローズ嬢、何をおっしゃるのですか。ああ、ご気分が優れなかったんですよね。少し、お眠りになった方が良い」

「……」

 ソファーの脇からじりっと後方に下がる。彼は表情を変えないので考えが読めない。

 ジイが動く前に、アイスローズはサイドテーブルにあった燭台を握り、彼に向けた。


 ジイは少し目を見開いた。それから何かに納得したように、アイスローズの手に握られたエレーナのネックレスに目をやる。

「知っていますか。四葉のクローバーには『復讐』という花言葉もあります。花言葉は、ロマンティックなものばかりではないんですよ」

「え……?」

「貴女の名前にある、薔薇には悪いものはほとんどないですが――部位でみたり、花束の本数になると面白いですよ。例えば、赤い薔薇自体は『情熱・愛情・美』などですが、薔薇の『枝』は『不快』が花言葉です」


「何の話をしているの」

 アイスローズはゴクリと喉を鳴らした。


「薔薇の花束15本は『ごめん』、16本は『不安定な愛』、17本は『絶望的な愛』。そして……」


「『しおれた赤い薔薇』は、『はかない』を意味します」


 アイスローズは汗で滑り落ちそうになった燭台を握り直す。

「……動機は何」

「お見通しということですか。さといですね、アイスローズ嬢」

 ジイは目を細めながら、微笑んだ。


 この部屋には大きな窓がある。窓の外では、空が薄く水色にしらばんできた。濃い灰色の雲がぽつりぽつりと浮いている。日が出始めているのだ。


「アイスローズ嬢、手元のそれを戻した方がよろしいかと。貴女にとって、不利になります」

「……どういう意味ですか」

「悪く思わないでください。貴女にはここで、エドガー殿下の人生から退場していただきます」


「何、訳の分からないことを」

「メアリ嬢、モード嬢は有力な貴族令嬢です。来年社交界デビューしたら、エドガー殿下を取り合うことになりますね。さしずめ、その前に消しておこうとしたのでしょう」

 ジイはこちらに向かってゆっくり歩いてくる。

「殿下のお気持ちが自分に向いていないことくらい、頭のよい貴女にはわかっているのでしょう? 何せ、容赦なく剣を突きつけられるくらいですから」


(――あの時、ジイが扉の外にいたのね)


「エドガー殿下に恋焦がれた貴女は、エレーナさんの存在も邪魔だったんです。だから『踊る亡霊』なるものに、皆が気を取られている間、エレーナさんに危害を加えた。そして、自責の念に駆られて、貴女は責任を取るんです」


「……ゴホッゴホッ」

 アイスローズは嫌な咳をする。


(なんで、体調が急激に)


「さっきのお茶は――、何」

「おや、お気に召しませんでしたか?」

足がふらつき身体が前に傾いたが、なんとか踏ん張った。

「大丈夫、貴女を痛めつけたりはしない。気絶させた後、自害に見せかける必要がありますから」

「冗談はやめて!」

アイスローズは数回、燭台でフェンシングのように突きに行った。しかし、ジイには当たらない。彼は感心したように言う。


「さすが、優秀と名高いアイスローズ嬢ですね、筋がいい。私が一般男性だったら、結構危ないところです」

 アイスローズは立っていられず、膝をついた。ぐらりと視界が歪み、握る手が緩む。

 ジイは焦ることもなく、アイスローズに近づいてくる。


(諦めない、だってこの世界には)


(エドガーがいる)


 アイスローズはジイが自分に向かって屈んだ瞬間、彼の顔に向かい燭台を振り上げた。


「!」

 ジイのモノクルにかすり、モノクルは大理石の床に落ちた。


(騎士団訓練場での練習の成果!)


アイスローズは片膝を立てたままジイに言った。


「私は簡単には死なないわ!! 絶対に貴方が『踊る亡霊』だってこと、証拠を残す! 後悔するわよ? そしたら必ず、エドガーが解いてくれるもの!!」


 モノクルの薄青色のレンズは割れて、床に散っている。アイスローズはその破片を躊躇なく掴み、ガラスに手の血を付着させた。それから渾身の思いでジイを睨みつけ、ガラス片を部屋中に投げてまき散らかした。

 破片はキラキラと光りながら降り、他人事のように綺麗だなあと思う。

 燭台はカラカラと音を立てながら、床に転がった。


「どう? 貴方の割れたモノクルに私の血液がべっとりついているわ。これを見られたら私たちの間に何かがあったこと、バレバレよね」


 ジイは一瞬立ち止まっていたが、足で床にある燭台を蹴り上げると、上手いこと手に握った。顔には、怖いくらいに美しい笑みを浮かべていた。

「上等です。それなら、こちらも本気でいきましょう」

 そして、アイスローズへ燭台を振り下ろした。



✳︎✳︎✳︎



 今だから思う。

 漫画内で、殺されたアイスローズの側に砕けた「ガラスの薔薇」が散っていた理由。何らかの事情でーーアイスローズとの接触の結果か、エドガーたちが訪れて来て焦ったのかーー、ジイのモノクルは割れた。モノクルがないジイに細かい破片は見えない。だから彼は「ガラスの薔薇」を割り、森で木を隠したのではないか? ミステリーには、そういうトリックがあることを知っている。本当のストーリーがどうだったのかは、もう確かめようもないけれど。


 風をきる音がした。

 アイスローズは身を守るよう腕をかざしていたが、痛みはない。

 恐る恐る目を開けると、開いた扉が目に入り、彼女はエドガーの膝の上に横抱きにされていた。驚いて見上げると、エドガーの頬からは、赤いものが流れていた。

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