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31.容疑者・王太子少年の再考⑤

 エドガーは、クセの強い黒髪に金色の瞳をもつ男性――エドモンド・ウェーバーと一緒にいた。

 エドモンドは自身が新聞記者だと言った。「ブループリント」盗難事件の容疑者になったというスクープを出さない代わりに、エドガーは犯人探しに協力している。

 最終的に、エドガーの提案により、エドモンドが書いた「偽取引を持ちかける手紙」に応じた王族ヘクター・カッシングを犯人と特定。


 そうして今、二人はモルガナイト王国王城にある塔の上までカッシングを追い詰めている。塔内は円形の部屋になっていて、アーチ窓がいくつかある。しかし、窓は人が通り抜けられるだけの幅はなく、出入り口はエドガーとエドモンドが塞いでいた。

 窮地に陥ったカッシングは、胸元から銃を取り出し二人に向けた。


「!」


 エドガーはその銃に心当たりがあった。かつてヴィダルを救出した時、押収した新型銃に似ている。あれは飛距離がかなりあることが、後に分かっていた。

 カッシングは「先に大人から撃つ」と言うが、エドモンドは鼻で笑った。


「この少年を見くびらないでほしいな。その銃は一発ずつしか撃てないことを知っている。例え、アンタが俺を撃ったとしても、弾を込め直している間に、この子がアンタを取り押さえるよ」

「……」


 カッシングは銃を下ろさなかったが、表情には動揺の色が浮かんだ。彼はチラリと目を窓にやる。丁度、窓の直線上には向かいの建物があり、そのバルコニーが面していた。

 エドガーはカッシングの目線を追い、エドモンドが目を細めた時――……突然、花火が打ち上がった。エドモンドは、カッシングの「期待が外れたような顔」をした隙を見逃さず、銃に蹴りを入れた。エドモンドはカッシングを捕らえ、エドガーは銃を回収した。あっという間の出来事だった。


 駆けつけた複数の公安貴族によって、ヘクターは連行されていった。



✳︎✳︎✳︎



 王城は舞踏会の客でごったがえしており、少し離れた裏庭に二人は出た。人の姿はない。

 かすかにダンスの音楽が聞こえる中、エドガーは思ったことを口に出した。


「カッシングが銃を構えた時、窓の先のベランダに誰かがいたら危なかった。人質にされていた可能性がある」

 エドモンドは両手をズボンのポケットに突っ込んだまま答えた。

「あのベランダはキラン殿下専用さ。花火の時によく出てこなかったな。今日は舞踏会だ、フィナーレの花火でご令嬢を口説くのに絶好だったろうに。運が良かったな」


 エドガーは何かが頭をよぎったようだが、「まさかな。いくらなんでも、彼女がここにいるわけが」と呟き、立ち止まる。


「エドモンド殿、聞きたいことがある」

「何だい? 少年」

「貴方は……本当は新聞記者ではなく、『モルガナイト王国の公安貴族』ではないか?」


「!」


 エドモンドは「へえ」と金色の瞳を輝かせた。そしてタバコを取り出すと火をつけ、一息吸う。


「なあんだ、いつからバレてた?」

「先程、カッシングが窓に目をやった時、貴方の脚は『飛びかかれるよう』構えた。万一、キラン王子がベランダに出たとき、彼を守るためでは?」

「……」


 エドモンドは、煙を吐き出しながら目を閉じた。


「もう一つ気になることがある。私は一度見た筆跡を忘れない。貴方の筆跡を5年前に私はエレミア王国で見た。父上宛のラブレターで」


 瞬間、エドモンドは笑い出した。


「あはははっ」


 腹を抱えるエドモンドに、エドガーは眉根を寄せた。

「何がおかしい」

「素晴らしいな、少年よ。まさか、あの手紙を人に読まれていたなんて。やだなあ、俺がエレミア王国国王の愛人だって誤解していない? 別にいいけど」

 エドガーが睨んだため、エドモンドは降参を表すため両手を上げた。


「冗談だよ、相棒。あれは『ラブレター暗号』だ」

「ラブレター暗号?」

「俺と君の父上が15年以上前に作り出した馬鹿らしい悪戯さ。ラブレターによくあるような言葉に、二人だけがわかる別の意味を持たせるのさ。例えば、『愛している』が『殺される』の意味になるとか。まさか、ロザライン様がご病気になり、あんな形で使うことになるなんて思いもしなかったけど」


エドガーはしばし絶句した。


「しょうもな……いや、なんでもない。貴方は私の母を知っているのか?」

「ああ、それはもう。直接の面識はないけど、今の君くらいの歳のオーガストから、いかに彼女が素晴らしいか、耳タコなほど聞かされていた。当時二人は婚約中だった」


 エドモンドはタバコの吸い殻を、胸ポケットから出したケースにしまった。「マナーは大事だろ?」とエドガーに誉めてくれアピールをする。


「さっき、もしカッシングに俺が撃たれたら、今際いまわきわに話すつもりだったよ。秘密を抱えたままじゃあ、気分良く死ねないからな」


 エドモンドが近くにあった噴水の縁に腰掛けたので、エドガーも少し離れたところに座る。


「あれは――俺が駆け出しの新聞記者だった頃さ。当時王太子だったオーガスト陛下が諸国外遊でモルガナイト王国を訪問した時、彼が一人城下に抜け出していくのに出くわしたんだ。見た目は今の君にそっくりだったよ」


「品行方正と名高いエレミア王国王太子の悪行、スッパ抜けば、これこそほんとにスクープだ。それとなく近づいた」


 対外的には、オーガストが王城へ戻って来るまで、病気で寝込んでいることにされたそうだ。


「でも、オーガストは本当にいい奴だったよ。窮屈な生活からの開放がよほど嬉しかったのか、ハイテンションで坊主頭にしたがったり、お祭りのダンスコンテストに飛び入り参加したり。彼だけ動きがエレガントすぎて、明らかにその場から浮いていたな」

 エドモンドは笑った。

「そんな彼を見て、俺は上層部へ報告するのをやめたよ。ウェーバー家は、代々元から公安貴族だったが、俺が王族が苦手だったもんで継ぐのを避けていた。でも、オーガストのおかげで王族相手も悪いもんじゃないってな。んで、モルガナイト王国の公安貴族エドモンド・ウェーバーが誕生さ」

「それが何故、ラブレター暗号を送ることに繋がる?」

「ロザライン様が病気になられた情報は、直ぐにモルガナイトの公安貴族にも伝わった。君が知っているように、あれは極めて珍しい病気だ。薬なんかまだない。ただ……幸せそうにロザライン様のことを話していたオーガストを思うと、いてもたってもいられずにね」

 エドガーは目を逸らしたが、エドモンドは続ける。


「思い出したんだ。モルガナイト王国王室には、口外禁止・門外不出の伝家の万能薬があるってな」

「!」

 エドガーの息を呑んだ音がした。


「モルガナイト王国を裏切るつもりじゃあないが、オーガストにそれだけ知らせたかった。万能薬の噂くらいエレミア王国にあってもおかしくないだろ? 既にあったのかも知らないし。後は、いくらでも外交ルートなり裏ルートなりで交渉してくれりゃあいい。両国の関係は悪くなかったからな」


「だから、ラブレター暗号でその旨、書いた。さすがに、情報源が俺だとバレたら殺されるから、そのことも念を入れてな。……結局、手紙は届いたが、諸々間に合わずにロザライン様は亡くなってしまったから、万能薬の実在や効果は分からずじまいだが」

「……そうか」

「間に合わずに悪かった」

 目を伏せ、エドガーは首を振った。


「しかし、あの手紙を君が見たとき、オーガストは何かしら説明をしなかったのか?」

「いや、父上は私があの手紙を見たことをしらない」

「なっ、じゃあ」

「私は父上が、あのような手紙をやり取りしていたことが信じられなかった。あんなに大切にされていた母上が、病気になって動けなくなったから……助からないとわかったから? 人は一人すら、その寿命が尽きるまで想うことができないんだと思っていた」


 エドガーは、母親が亡くなった後、父と話をすることを避けてきたから、真相を知らなかったことを話した。エドモンドは苦い顔をした。


「いいのかよ、そんな心内の話、こんな異国で出会った、ぽっと出の男に話して」

「貴方が信頼にたる人だからだ」


 エドモンドは目を見開いた。夜風が金木犀の香りを漂わせ、二人の髪を揺らす。エドガーはエドモンドに向き合いキッパリと言った。


「私が思うに、貴方の名前は私の名前の元になったんじゃないか。父上は貴方をよほど尊重していたのだろう。だから、私も貴方を信頼する」


 ――エドモンドからエドガーに。

 エドガーの正面からの視線を受け、エドモンドは空を見上げた。


「……違いねえな」


 誤魔化すように咳ばらいをし、エドモンドはポケットからエドガーに何かを投げる。エドガーが片手でキャッチすると、縞柄の紙に包まれたキャンディだった。相当気に入っているのか、エドモンドは事あるごとにこのキャンディをくれる。「かわいい子には甘いものだ」と言いながら。

 しばらく二人はキャンディを舐めながら、星空を眺めた。エドモンドはそれとなく目を擦った後、言った。


「君の父上、オーガスト・エレメージェバイトにとって、大切な女性は一人だった。あの病は不幸な出来事だ。彼はいつだってロザライン様を深く愛していたよ。だから、君も当たり前に、誰か一人を愛し抜くことができるさ」


 エドガーは静かに、目を閉じた。


「……しっかし、あのご令嬢さんたちはさっきから何をしているのかな? あれ、なあんだ、キラン殿下もいるじゃない」

 エドモンドが顎で指す方を見たエドガーは、頭を抱えるように額を手で押さえた。


「ウソだろ……」


 そこは庭の正面側だったが、何故かダンスホールではなく庭で一心不乱にカドリールを踊る男女が小さく見えて――その中に、見覚えがある令嬢、アイスローズ・ヴァレンタインがいた。

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