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26.エドガーの諸国外遊②

(それがどうして、このようなことになったのか……)


アイスローズは隣に立つエドガーを横目で見上げた。相変わらずエドガーはキラキラしいが、気のせいか、彼の身長が前より伸びているように感じる。互いに15歳だから、まだまだ成長期なのだろう。


 エドガーが諸国外遊に旅立つ日は、アイスローズの入院最終日でもあった。パトラは治療にもう少し時間がかかるが、王城病院なら安心して預けられる。

 オールデイカー宅での件について、アイスローズはエドガーに直接謝罪ができていない。さすがに、諸国外遊の四ヶ月間、彼と話ができないのは辛かった。アイスローズがジョシュに何気なく言うと、ヴァレンタイン公爵家へアイスローズを送り届けるついでにと、エドガーたちの出発を港で見送ることになったのだ。


こうして、二人は横並びで波止場に立っている。ジョシュやお付きの人々は気を利かせたのか、少し離れたところに立っている。

 空は高く澄んでおり、潮風が優しく白銀の髪を揺らす。アイスローズは話しかけるタイミングを見計らっていた。


(いってらっしゃいとかいうべきかしら。いや、そんなことより)


 思い切って口を開いた。エドガーと会話するのは約二週間ぶりだ。


「この度は、ご迷惑をおかけし誠に申し訳ありませんでした。オールデイカー宅ではパトラ共々助けていただき、治療までしていただいて。危ないことをするなと言われていたのに申し訳も、ありません」

アイスローズはそれは深く頭を下げた。エドガーは少し驚いたようだったが、直ぐに返事をくれた。

「頭を上げてくれ。当たり前のことをしたまでだ」

「お約束も守っていただき、大変ありがとうございました。エドガー様には感謝しきれません」

「気にすることじゃない」

エドガーは波間に目をやって答えた。


 アイスローズはエドガーの口数がいつもより少ないことに気づいていた。何を言っても言い訳になると悟り、せめて旅立ち前の彼の邪魔にならないよう一緒に景色を見だした時、今度はエドガーが話しかけてきた。


「もう、どこも痛くないか。医者からはあらかた完治したと聞いた」

「え、はい、おかげ様でこの通り元気になりました」

 アイスローズは力瘤をつくるポーズをした。袖が捲れて白い肘が見えないよう、令嬢としてのマナーで反対側の手で袖口を押さえながらだが。


「!」


 ふいに、エドガーの手袋ごしの手がアイスローズの顎に伸びた。そしてそのまま、ごく遠慮がちに上を向かされる。青緑色の瞳が驚いているワインレッドの瞳を捕まえて、エドガーの親指が唇の端にゆっくりと触れ――……るかと思いきや、その手は直ぐに離れていった。


(あ、口元を怪我していたから。まだ、跡がほんの少しだけあったっけ。び、びっくりしたわ! 私、一瞬……何を考えて!?)


 この日、アイスローズは日除けにツバが広い帽子を被っていたから、エドガーはアイスローズの具合をよく見るために、顔を持ち上げたのだろう。アイスローズはよからぬ自意識過剰がバレぬよう咳払いし、ツバの影からエドガーを盗み見た。彼の眉間には、皺が寄っていた。


「……怒っていますか?」

「オールデイカー宅に、早くに行ってやれなかったことに、怒っている」

「え、ええ!? 私にではなく、そっちですか?」


 予想の斜め上を行った返答に、アイスローズは素っ頓狂な声をあげる。


「もう少し早く、我々がオールデイカー宅に到着していたら、君やパトラをあんな目に遭わせなかった」

「そんな、それは、私が無茶をしたから。エドガー様たちに何の落ち度もありません」

 アイスローズは慌てて手を振る。

「それでも、私に出来ることがあった。私は結局、後からああだこうだと推察するしかできなかったから」

「エドガー様、それは」

「悔しいな。頭を回転させ、権力を使い武術が出来ても、まだ人一人すら守り切れない。これは由々しき事態だ」


 エドガーは苦笑いしたが、船からタラップが降ろされたので、彼はそちらを見た。そのままエドガーは横顔で、アイスローズに言った。


「君には危ないことをしないとならない理由があった。でも、誰にも言わない。言えないことも分かってる。それが、私が信用に値しないからというワケでもないと、知っている。でなければ、私にオールデイカーを城に留めるよう頼んだりしない」


 エドガーは絞り出すように言った。


「私は別に、アイスローズを悩ませたいわけじゃないんだ」


 漫画本編では、エドガーは事件現場に居合わせることもあったし、事件後に何らかの形で関わることもあった。事件を解決するというストーリーとエドガーの物語での立場上、どうしたって周囲で事件は起きる。勝手に「王都の死神」なんて呼ばれて。


 考えれば、こんなエドガーのことだ。


 事件を防げるものなら、どれだけ防ぎたかっただろう。

 事件が起きるたび、どれだけ自分を責めて、悔しかったろう。


(――この人は繊細で、とても優しい)


 漫画内の彼が、漫画で語られていた以上にどういう気持ちだったか、前世も今世でも考えたことがなかった。想像すると、胸が痛かった。


 アイスローズはしばらく俯いていたが、はたっと、いたたまれない気持ちを誤魔化す方法を思いついた。


「あの、私、騎士団の皆さんからプレゼントを預かってきたんです」

 アイスローズは、紙袋から色紙とプラリネチョコレートの箱を取り出し、エドガーに渡した。色紙中央には、アイスローズが描いたエドガーの似顔絵がある。

「これは……?」

 参考にしたのは、コミックス表紙のエドガーの騎士服バージョン(三頭身)だった。

「エドガー様は笑顔が素敵ですから、そのように描きました。可愛いでしょう、実際に騎士服をエドガー様が着ることはないでしょうが、きっと似合うと思いまして」

 とはいえ、描いたイラストを直接本人に見せるのは初めてだ。アイスローズはドキドキしていたが、エドガーの瞳に関心したような色が浮かんだのを確認し、胸を撫で下ろす。

「オリバーからアイスローズの絵の技術について聞いていたが、見事だな。写術だけではなく、デフォルメや想像で描くことも出来るのか」


 似顔絵を囲むようにして書かれたメッセージには、書き主の名前がない。それぞれ「ご武運を ご活躍をお祈りします」とか「青春、楽しんできてくれ! 今しかないぞ!」「大ファンです。応援してます」など自由気ままに書かれている。


「名前が書いていないのも、なるほどな、面白いアイデアだ。これもアイスローズが?」

 アイスローズは頷いた。

「その方が、皆思い思いにメッセージを書けるかと思いまして。予想通りになりました」

 騎士団の皆さんも興味を持ってくれ、アイスローズとの距離が縮まったように思う。

「そうだな。だが、申し訳ない。残念ながら、私は一度見た筆跡を覚えられるんだ」

「ええ!? それじゃあ、台無しじゃないですか」


(そんな設定、エドガーにあった?)


 アイスローズは思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を手で押さえる。漫画内では、そんな設定は言及されていなかったが、確かに無敵の主人公エドガーなら……あり得る。


「例えばエレーナはこれ。細い線と曲線部分に特徴があるだろう。オリバーはこれ、カルヴァンはこれ、ハリー・ジュニアはこれ。……何で一緒に行くジョシュのメッセージがあるんだ。『カフェ沢山巡りましょう』って」


(――と言うことは、まずい)


「アイスローズの筆跡は、これかな」

「わああっ! 待って!!」


 色紙を取り戻そうと手を伸ばすも、エドガーは上にひらりと躱す。アイスローズの様子を笑いながら見ていたエドガーだったが、彼女が書いたメッセージを見て動きが止まった。

 色紙にアイスローズが書いたのは、「頑張って 私も頑張るから」だった。


「……」

「……」


 どういう意味かと聞かれるかと思ったが、丁度船が汽笛を鳴らす。

 エドガーの従者たちも準備が整ったようで彼を促しに来た。エドガーは頷くと、青くなっているアイスローズに「ありがとう」とプレゼントの礼を丁寧に言った。

 それから「あ、なんでも願いを聞く件だけど、あれは、また考えておいて」と言い出した。


「何故ですか、だって私は既に」

「あの願いを私が聞いたなら、私はアイスローズのオールデイカー宅侵入を手伝ったことになる。なかったことにするから、帰ってきたら、また教えてくれ」

「えー…」

「えー、じゃない。行ってきます」


 エドガーは楽しそうに笑い、アイスローズが返事をする前に船に乗り込んだ。デッキに彼らは立ち、船がゆっくりと進みだす。


「! あ、そうだ、エドガー様!」

 

 アイスローズが慌てた声を出すと、エドガーは首を傾げた。

 この声がエドガーに届くかはわからない。日除け帽子が風に飛んでいったが……陸の方だし、後で拾いに行けばよい。


(エドガーの大切な人は、私が必ず守るから)


「――いってらっしゃい」

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― 新着の感想 ―
[一言] すごいタイトルが渋滞していて、読む前は不安があり、王子とかけてるダジャレなどで更に不安は募ったのですが、 読めば読むほど慣れていき楽しく読めています。
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