表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/91

18.リバーサイドカフェ③

このカフェにはピアノがある。生演奏がされている時間以外は、誰でも自由に弾くことができるそうだ。以前、腹痛を起こしたジョシュのトイレ待ちの時間に、エドガーが何気なく弾き、この女の子や常連客がいたく気に入ったそうな。以来、エドガーが訪れるたびにピアノをせがむようになったとのこと。


(そういえば、漫画でもたまに弾いていたわね。無敵の主人公の生演奏!)


「エドガー様の演奏、気になりますね」

スイーツでリラックスしたのか、素直な気持ちがアイスローズの口をつく。

「私、今流行っているあの曲がいいの!」

女の子がフンフンと鼻歌で歌ってくれたのは、確かに話題の曲だった。ピアノの心得があるアイスローズは、アンナマリアからよく最新曲の譜面をもらっている。この曲も習得済みだが、アップテンポでかなり難易度は高かった。

エドガーから反応がないためアイスローズが視線をやると、彼は何とも複雑そうな表情をしている。


「エドガー様?」

「私が代わりに言いますね。こちらの『じゃない方のお兄さん』的には、その程度の曲、お茶の子さいさいかと思います。しかし、あいにく、お兄さんは右肘を負傷中」

「ジョシュ!」

エドガーは何やら焦って遮った。


(肘? ……ひじ!! もしかして)


「――エドガー様、もしかしてヴィダル様救出時、窓ガラスを割った時に?」

 慌てたアイスローズがエドガーの右袖を捲ると、肘には包帯が巻かれていた。エドガーはされるがまま、何とも気まずそうな顔をしている。

「なんと……申し訳ありません」

「なんでアイスローズが謝るんだ。別に君のせいじゃない」

「そういうわけでごめんね、お嬢さん」

 ジョシュが屈みながら女の子に言うと、女の子はひどくがっかりした顔になる。よほど楽しみにしていたのだろう。エドガーも彼女に詫び、女の子は泣きそうな顔でエドガーの肘を労わるようさすっていた。


(えっと……)


 責任を感じたアイスローズはあることを閃く。


「あ、あのエドガー様。よろしければ、右手パート、私弾きますが」

「アイスローズ?」

「私もこの曲を弾けることには弾けるのですが、なんせ新しい曲ですから暗譜までは完全にできていないのです。でも、エドガー様と連弾ならば、なんとか出来るかなと」

 女の子はぱあっと顔を輝かせる。

「弾いてくれるの? 嬉しい!」

 わあっと、何故か話を聞いていた周囲のお客たちからも拍手があがる。これは後には引けない状況だ。


 エドガーは息を小さく吐いた。

「上手く連弾になるか保証はないぞ。私は譜面を見ていないんだ。聞いて覚えるから」

「耳コピ!? 逆にすごくないですか!?」


 店員に誘導され、ピアノの椅子に並んで腰掛ける。アイスローズが右手、エドガーが左手を演奏するために、2人の距離はかなり近い。それでも、エドガーは身体がぶつからないよう、それとなく配慮してくれた。

 タイミングを合わせて弾き始める。


(すごいわ……!)


 はじめて連弾したとは思えないような、アイスローズは不思議な気持ちになった。

 音が接近しているパートでは手がぶつかってしまう危険があるが、エドガーはさすがの指遣いでアイスローズが気持ちよく弾けるようにしてくれている。

 アイスローズは謙遜していたが、アンナマリアの教育下で彼女のピアノの腕は確かだ。「その道だけでも成功できる才能」と言われてきた。それゆえ内心かなりの自信があったのだ。そんなアイスローズから見ても、エドガーの演奏は見事だった。


 アイスローズは珍しいほどに楽しくなって、頬が緩む。エドガーを横目で見れば、その青緑色の瞳で視線を返され、もっと嬉しくなる。


――この時の演奏は、後にこのリバーサイド・カフェの伝説となる。


 アイスローズは思った。


(エドガーは無敵の主人公だけど、ちゃんと人間なんだわ。身体に怪我をするし心が傷つきもする。当たり前のことなのに、なんで今まで考えもしなかったんだろう)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ