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17.リバーサイドカフェ②

 カフェの誘いに応える手紙を王城に出して直ぐ、ジョシュから日程調整の返事があった。

 そうしてあっという間に、三人(プラス護衛)でカフェに行くことが決まった。



✳︎✳︎✳︎



約束の日、ジョシュとエドガーはヴァレンタイン家に馬車で迎えに来てくれた。 無事、アンナマリアからの謹慎が解けるのが間に合って本当に良かったと思う。


「ジョシュ様、お誘いありがとうございます。お久しぶりです、エドガー様……も!?」


アイスローズはエントランスで二人を出迎えたが、エドガーの姿を見て目を丸くする。


「元気そうで何より、アイスローズ。そういう服装も似合っているね」


サラリとお世辞を言うエドガーはいつも通り抜け目がない。しかし、エドガーは城下にお忍びで降りることから黒髪姿に変装していた。金髪碧眼の主人公オーラは眩しすぎだが、この黒髪碧眼もまた、彼のクールな雰囲気によく似合っていた。


アイスローズがエドガーに会うのは、ヴィダル救出から約三週間ぶりである。


(不意打ちで、ちょっとだけドキドキしたわ。漫画内の変装姿を予期せず見ちゃったから……)


アイスローズは胸に手を当て、動悸を抑えた。彼女もまた街娘の流行に合わせ、髪を編み下ろしにし軽い布地の白いブラウスとミントグリーンのロングスカートを履いている。


 そのカフェは、川沿いにあった。

 着くなりジョシュが説明してくれる。


「このカフェは、かつて石造りの倉庫だった場所を利用した喫茶ホールなんですよ」

「うわあ……! ロマンティックな空間ね!」


 前面がガラス張りの開放感溢れる店内は、居心地が良くゆったりと過ごせそうだ。自家製スイーツやドリンクの他に、週替わりランチもあるらしい。店内の一部は川に突き出すような形になっていて、その席に座るとまるで水面に浮いているような気分になる。

 夜には200個ものランプを点灯するらしい。


 店員にジョシュが挨拶すると、店員は奥の(おそらく)偉い人を呼ぶ。


「マスター、ジョシュ様と……『ジョシュ様じゃないほう』がお嬢様といらっしゃいました」

「じゃない方!?」


 アイスローズは思わずエドガーを振り返った。


「いつもそう呼ばれている。問題ない」

「そ、そうなんですか?」

「たまには気楽に過ごしたい」


「じゃないほう芸人」みたいな言われ方をされて、顔色一つ変えないエドガーは凄い。お城勤めのジョシュ様とその連れ、という設定らしい。


 エドガーは「王太子少年の事件日和」より後の話、「王太子探偵という戯れ」では変装して正体を隠しながら事件を解いたこともあった。それらは、こういう経験から来ているのかも知れない。


「今回のイチ押しは、ベリーティラミスチョコパイなんですよ」


 ジョシュはメニューを見せながら言う。


「ティラミスとチョコパイをそれぞれ食べればいいのでは」と呆れたように言うエドガー。しかし、ジョシュは「何言っているんですか、一緒だからよりいいんですよ。更には、断面がハート型になるように育てられたベリーが乗っていますよ? 超レアですよ。あ、ショーケースで実物見てきていいですか?」と興奮冷めやらない。

 ジョシュはウキウキとショーケースを見に行き、席にはエドガーとアイスローズが残された。


「……ジョシュ様は、本当にスイーツがお好きなんですね」

 アイスローズが微笑ましくジョシュの背中を見送っていると、やがてエドガーが口を開いた。


「来てくれるとは思わなかった」

「え、それは何故」

「避けられているかと思っていたから。結局、スカートの件で私は謝罪していなかったし。不可抗力とはいえ、申し訳ないことをした」


「えっ!? そんなこと、まだ――」


 アイスローズは言いかけた言葉を、慌てて飲み込む。


(まさか、まだ気にしてくれていたの?)


 エドガーは少し不貞腐れたように言う。

「そんなこととは何だ。あれ以来、騎士団にも来ず、ヴィダルの件について礼も言わせてくれなかったろう」

「あ、」


 エドガーはアイスローズに「王都の死神」なんて思われていることは知らない。

 客観的に見れば、アイスローズがやっていたことは、ただただエドガーを避けていただけだった。


 ふと、先日のヴィダルのセリフを思い出す。


『人は理由がわからず避けられたら、悲しいものですから』


 アイスローズは動揺する。


(無敵の主人公エドガーも、もしかして傷ついたりする? こんな脇役の……悪役令嬢アイスローズのために?)


「それはその、本当にもう気にしていませんから忘れてください。蒸し返した私が、悪かったです」

 慌てて告げるが、エドガーはあまり納得していない反応をした。この話を続けると、ヴィダル救出時のことをまた探られてしまう。話題を変えなければ。

 アイスローズは咳払いし、口を開いた。


「エドガー様。なんでも一つ、お願いを聞いてくれるというのは、まだ有効でしょうか」

 今ここで言われると思ってなかったのか、エドガーは意外そうにする。

「もちろん」


「3日後、王城で絵画展示会が開かれると聞いています。そこへ、オールデイカーという画家が一人参加すると思うのですが、『彼を途中退場させないで』欲しいのです」

「ヘラスカス・オールデイカー? ああ、アイスローズは絵の心得があるんだったな。だから、オールデイカーを知っているのか」

「噂によると、彼はひどい頭痛持ちだそうで。もし、展示会の途中で頭痛を起こすようなことがあれば、本人が望んでも早退させるのではなく、王城医師様に診ていただきたいのです。いちファンとして、とても心配で。彼には長く、絵を描いていてほしいですから」

「面識ない彼をそこまで気にかけられるのは立派だな。しかし、それなら明日にでも医師を派遣――」

「そ、それは、ダメですわ!」

 思わず、テーブルに両手をつき乗り出してしまう。そんなアイスローズをエドガーは面白そうに見上げた。


「……へえ、あくまでアイスローズのお願いは、閉会時間までオールデイカーを王城に留めることかな?」


(ぐっ……)


「お待たせしました! やっぱりベリーティラミスチョコパイに決めました。あれ、どうしました? お二人?」

「何でもないよ、ジョシュ」

 涼しい顔のエドガーと対照的に、汗を拭いたアイスローズは椅子にキチンと腰掛け直す。

「そ、それで、エドガー様。お願いは聞いてくださるのですか?」

「いいだろう、約束だ。王城医師も暇ではないしな。今ここでアイスローズを問い詰めても、口を割らないだろうし」

 エドガーは肩をすくめた。


 ベリーティラミスチョコパイは、なるほど、ジョシュの力説通り、濃厚だけどしつこくなくてとても美味しかった。

 食べ終わった頃合いに、小さな女の子がトコトコとやって来てエドガーに話しかけてくる。どうやらマスターの娘さんらしい。


「じゃない方のお兄さん、今日も一曲頼みます。私、楽しみにしているの」

「一曲?」


 アイスローズが首を傾げると、ジョシュが説明してくれる。

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